よこはま、たそがれて
友人が見せてくれた写真の背景に、
よこはまコスモワールドの大観覧車が映っていた。
思わず苦笑を洩らすと、「どうかした?」と相手は怪訝な顔。
あまり思い出したくない出来事を、最近の子は「黒歴史」という――
娘に、そう聞いたばかりだが、この観覧車を見て思い出したのは、まさにその黒歴史である。
夫の些細な言動に切れたのがきっかけで、
積もり積もっていた家族への鬱憤が爆発し、
頭に血がのぼった状態で家を飛び出した私。
しかし、怒りに翻弄されていても、どこかに冷静な部分は残っているものだ。
このチャンスを利用すべし、という心の声に従って、
大好きな京都へ一人旅としゃれこむことにした。
京都の秋を満喫し、神戸へも足を伸ばして旧友に会い、
さて次はどこへ行こうかと、旅行雑誌を手に取ると、横浜の観光特集が目にはいった。
そういえば、東京から近いせいか、この街をじっくり散策したことがない。
しばらく横浜でのんびりするのもいいかも、と、とりあえず元町までやってきた。
宿泊先は、以前から憧れていた、老舗ホテルのニューグランドに決めた。
これが大正解で、上階角部屋から港を一望できる眺めの素晴らしいこと。
眼下には山下公園の緑、その先には真っ青な海、
ことに夜のライトアップの美しさはため息が出るほどだ。
横浜の地を、特にこのホテルのエグゼクティブルームを去りがたくて宿泊を重ね、
ショッピングや中華街の食べ歩きを楽しんでいた。
このころには、私を家出に駆り立てた怒りのパワーはほぼ失われていて、
それとともに、普段の金銭感覚が徐々によみがえり始めた。
これはヤバいかもしれない……
ここにきてやっと、預金の残高を冷静な目で確かめた私は、
打ちだされた数字の頼りなさに愕然とした。
その夕方、コンビニでカップめんを買ってホテルに戻った。
ペリペリとカップめんの蓋を開け、コポコポとお湯を注ぐ。
幸いなことに、目の前に高さ112.5メートルの大観覧車がそびえているではないか。
華麗なイルミネーションに彩られた観覧車の、光り輝く時刻表示が3分経過を告げる。
♪よこはま~、たそがれ~、ホテルの小部屋~。
昔、そんな歌があったなー、と思いながら、割り箸をパキンと割る。
旅の終わりは、とほほゴージャスなディナーだった。
by mofu903
| 2010-12-16 15:22
| 回想