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暑さとは関係ないと思うが、最近、腑に落ちないことが多い。

「これって、変だと思わない?どうなってるのかな?」

と、人に聞けばいいのに、それもせずにモヤモヤしている。

時代劇で、侍が眉をひそめ、「解せぬ……」とつぶやく、あのニュアンスに近い。

誰かに聞いたり、自分で調べたりして真実を突き止めるほどの熱意はない。

放置していても大勢に影響はない。

かといって、さらりと流すこともできないレベルの違和感だ。



たとえば――

私は、宅配便の集荷システムをよく利用する。

業界大手のY社に電話をかけ、自動音声の案内に従って、数字をプッシュすると、

コールセンターに繋がる。

オペレーターさんに聞かれるままに、名前、住所、電話番号、続いて送り先の地域と送りたい品物、

送る準備はできていることなどを伝える。

そこではじめて、「○時ごろ伺います」となるのが、通常の流れだ。


このあいだ、先方の指定があったので、これも大手のS社に、初めて集荷を依頼した。

まず、Y社と同じように自動音声の案内があった。それに従って、①をピッ。

すると、「ゴジタクノデンワバンゴウヲ、プッシュシテクダサイ」

はいはい、と従う。

自動音声が続けて言うには、

シュウカノゴイライヲ、オウケシマシタ。ゴリヨウ、アリガトウゴザイマシタ」

(虚を衝かれたので、正確には覚えていないが、だいたいこんな感じだった)

聞き間違いかしらと、しばらく待っていたが、あちらはもう、うんともすんとも言わない。

狐につままれた気分で、受話器を置いた。

住所どころか、こっちの名前さえ言っていないのに……電話番号だけで本当に来るのかいな。

半信半疑で待っていたら、しばらくして、ちゃんと来てくれた。

ロボットが来たりして――という、漠とした不安があったのだが、玄関先に立ったのは、もちろん、

れっきとした人間(の男性)だった。



時間帯を気にしないで買い物ができるネットショップも、よく利用している。

暑い中、あちこち歩き回らなくてもいいのだから、便利な世の中になったものだ。

しかし、過去にチェックした商品の広告が、サイトを開くたびにくっついてきて、

視界にちらつくのがうっとうしくてたまらない。



たとえば、ダイエット関連の商品をチェックしたとする。

そうすると、<徹底的に脂肪を燃やす!>とか、

<一週間で4キロ減。痩せすぎ注意!>とかの広告が、とっかえひっかえ貼られるから、

余計なお世話だよ、と言いたくなる。

網戸の張り替えについて検索したら、10分後にはもう、「網戸のことならお任せください」の広告。

まるで、行動を逐一監視されているような気分になってくる。



最近、もっとも頻繁に出てくるのは、アンチエイジング化粧品の宣伝だ

(この分野については、チェックした覚えがない。敵は、私が歳を重ねたオバサンであることを、

なぜ知っているのか。

私の顔が、アンチエイジングごときで改善するようなしろものではないことを、

なぜ知らないのか)。

だいたい、この商品の謳い文句からして既におかしい。

「年配の女性は皺を除去します。抗老化クリーム見て、医師が年下を発見します」

はいはい、怪しいね。買いません。

今日は、広告第二弾が登場した。

「母は皺を削除します。新しいアンチエイジングクリーム、ルック歳年下。今、学びます」



何を学ぶか知らないが、少なくとも、自動翻訳機には正しい日本語を学んでほしい。

というか、自動翻訳がこれほど普及している理由も合わせて、まことに解せぬ。




某銀行で、新規の口座を作ってもらった。

手続きに必要な何枚かの書類に記入していたら、そのなかに、

「私は、反社会的勢力でないことを確約します」と書かれた一枚が。

(噂に聞いていたのはこれか~)と思いながら、署名・捺印したが、

実際、この念書にどれほどの効力があるんだろう。

見るからにそれらしき風体の人はいざ知らず、しょせん自己申告である。

反社会的な人が、バカ正直に申告するとは思えない。


これも、今さら人には聞けない「解せぬ」だったが、いくら暑いからといって、思考停止は良くないと

思い直した。

調べた結果は、こんな感じだった。

「申告が虚偽であった場合、銀行側は客に対して取引停止、または解約できる」

それな(笑)


やっとひとつ、解せぬが解せた。

連日の猛暑でふやけた脳内を、涼風が吹き抜けた心地がした。


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by mofu903 | 2015-07-26 20:01 | 日常
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このあいだ、ちょっと面白いことがあった。

事の起こりは、母の句集が出たので、友人たちが出版祝いの席を設けて下さったことにある。

母の、ほたるを詠んだ数句が、句会でそれなりの評価を受けたことを覚えていてくれた

友人の心くばりで、会場はほたる狩りを売り物にしている郊外の料亭に決まった。

ほたる狩りといっても、当節のことなので、照明を落とした部屋の中にほたるを放ち、

鑑賞する趣向である。


宴が終盤になるころ、灯りが消えた。

雨音だけが響く文目も知れない真の闇の中を、青白い光が三つほど、明滅しつつ

ゆらゆらと飛び交った。

大正生まれの母にとって、その光景はさほど珍しいものではなかったが、

年若い人たちの中には、初めてほたるを見る人も多く、いっせいに感嘆の声が上がったという。


ここまでは、その夜、遅く帰ってきた母から聞いた話だ。


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さて、翌日のこと。

いそいそと近寄ってきた母が言うには、

部屋に何か落ちていたので、拾おうとしたら、それがなんと、ほたるの死骸だったと。

「どう考えても、夕べのほたるに違いないけど、どうやって私についてきたのか、

不思議でしょうがないの」

そう聞かされたときは、正直、また母のお得意の勘違いで、てっきりほかの虫、

たとえばコメツキムシかなにかと間違えているんだろうと思った。

ところが、母が開いて見せた掌の中の虫は、図鑑で見るほたるそのもの。

実物を見せられたら、異論を挟む余地もない。


「帰りは雨除けのコートを着ていたし、バッグにだってとまるところはないはずだし…」

ほたるが乱舞しているような棲息地に行ったならまだしも、今回はたった数匹、

しかも、料亭から家までは、バス、電車、タクシーと乗りついで、小一時間の行程だ。

「ほたるは、その間、どこにいたのかしら?」

ここにきて、私にも、ようやく母の感じている不思議が伝わってきた。



 「『火垂るの墓』っていう小説があったでしょう?これはその話とは違うけど、

私と縁があって家までついて来てくれたのだろうから、お墓を作ってやりたいの」

と言うので、庭の草深い一隅に、浅い穴を掘ってあげた。


母はそこに、体長2センチにも満たないほたるを葬り、墓標代わりの石を置いて、手を合わせた。

寝ても覚めても、俳句が頭から離れない人だけに、よほど感慨深い出来事だったのだろう。

ほたるがついてきた経緯については、論理的な解釈もできそうだが(例えばほたるは既に死んでいて、

その死骸がもののはずみで、たまたま…ケホン、ケホン)、ここはあまり詮索せずに、

「俳句の神様の粋ないたずら」と、受け取っておくのがいいのだろう。

どちらにしろ、お墓に眠っているほたる、そうはいないと思う。
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by mofu903 | 2015-07-08 18:10 | 不思議