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この冬、東京ではまとまった雪が降らなかったせいか、例年以上に寒さが厳しいとは感じなかった。

でも、これはあくまで能天気な人間(私)の主観であって、小鳥たちにとっては、

ことのほか辛い冬だったようだ。


寒中でも花を絶やさないビオラや、二月の声を聞くなり顔を出すクロッカスのつぼみが、

ついばまれて見る影もなくなってしまうのは毎年のことだが、今年は、ハボタン、

こぼれ種育ちのノースポール、地面に張り付くようにして寒さに耐えていたサクラソウまでが、

あらかた彼らの胃袋に収まってしまった。

意に染まない食事だろうに。

(生きるためだもの、贅沢言ってられないわ)という嘆きが聞こえるようだが、

花はもっとかわいそうなので、普段は傍観者の人間が、一肌脱ぐことにした。

朝夕に、パンくず、節分豆の残り、古くなったお米をテラスにまいてやるのだが

(この人間はケチなので、決して新しいお米はまかない)、それでも、来ては去る小鳥たちの食欲を

満たすには及ばず、植物の受難はあいかわらずだった。


ところが、ここ何日か、ビオラとクロッカスが無傷で咲いている。

くりくり坊主だった花壇のこぼれ種組も、息を吹き返したように、再び新芽を伸ばし始めた。

小鳥たちの餌場が復活したらしい。

彼らのテーブルが豊かになってきたということは、春がもうそこまできているという証でもある。




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昨日は、雪にならないのが不思議なくらい冷たい雨が終日降っていたが、今朝はうって変わって、

明るい日ざしが枯れ芝を蜜色に染めている。

小さな花壇では、やっと黒土を押し上げたばかりのチューリップの芽が、びっくりするほど伸びていた。

一晩で3センチ!

時季を得たものの勢いはすごい、あんなに冷たい雨でさえ、成長の力に変えてしまうのだから。





日ざしに誘われて散歩に出ると、外気がいつになく甘い香りを含んでいる。

道端の沈丁花にも、つぼみがいっぱいだ。

「春隣」という言葉がある。

俳句では春間近の時候をいい、本当は立春の直前あたりをさす季語らしいが、

私は、この言葉に、ちょうど今頃の季節を思う。


寄り道をしながら、つかず離れずついてくる小さな春の子どもが、ときどきすぐ隣にやってくる。

そして、湿った柔らかな指で、私のまぶたや、耳たぶや、鼻の頭をつっつく。

 「見て、見て!」

 「ほら、聞こえない?」

 「何の匂いか当ててごらん!」







あれは、一年生が終わるころだったかしら、

<あなたが発見したことを、毎日ノートに書きましょう> 確か、そんな宿題だった。


「今日は、マフラーをわすれたけど、さむくありませんでした」

「学校のかえりに、いろんなおうちのやねが、ぴかぴか光って見えました」

2Bの鉛筆を握りしめ、わくわくしながら発見ノートに書き込んだっけ。



春の隣にいたら、そのときの気持ちを鮮やかに思い出した。




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by mofu903 | 2015-02-22 20:50 | 季節