カテゴリ:不思議( 24 )

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このあいだ、ちょっと面白いことがあった。

事の起こりは、母の句集が出たので、友人たちが出版祝いの席を設けて下さったことにある。

母の、ほたるを詠んだ数句が、句会でそれなりの評価を受けたことを覚えていてくれた

友人の心くばりで、会場はほたる狩りを売り物にしている郊外の料亭に決まった。

ほたる狩りといっても、当節のことなので、照明を落とした部屋の中にほたるを放ち、

鑑賞する趣向である。


宴が終盤になるころ、灯りが消えた。

雨音だけが響く文目も知れない真の闇の中を、青白い光が三つほど、明滅しつつ

ゆらゆらと飛び交った。

大正生まれの母にとって、その光景はさほど珍しいものではなかったが、

年若い人たちの中には、初めてほたるを見る人も多く、いっせいに感嘆の声が上がったという。


ここまでは、その夜、遅く帰ってきた母から聞いた話だ。


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さて、翌日のこと。

いそいそと近寄ってきた母が言うには、

部屋に何か落ちていたので、拾おうとしたら、それがなんと、ほたるの死骸だったと。

「どう考えても、夕べのほたるに違いないけど、どうやって私についてきたのか、

不思議でしょうがないの」

そう聞かされたときは、正直、また母のお得意の勘違いで、てっきりほかの虫、

たとえばコメツキムシかなにかと間違えているんだろうと思った。

ところが、母が開いて見せた掌の中の虫は、図鑑で見るほたるそのもの。

実物を見せられたら、異論を挟む余地もない。


「帰りは雨除けのコートを着ていたし、バッグにだってとまるところはないはずだし…」

ほたるが乱舞しているような棲息地に行ったならまだしも、今回はたった数匹、

しかも、料亭から家までは、バス、電車、タクシーと乗りついで、小一時間の行程だ。

「ほたるは、その間、どこにいたのかしら?」

ここにきて、私にも、ようやく母の感じている不思議が伝わってきた。



 「『火垂るの墓』っていう小説があったでしょう?これはその話とは違うけど、

私と縁があって家までついて来てくれたのだろうから、お墓を作ってやりたいの」

と言うので、庭の草深い一隅に、浅い穴を掘ってあげた。


母はそこに、体長2センチにも満たないほたるを葬り、墓標代わりの石を置いて、手を合わせた。

寝ても覚めても、俳句が頭から離れない人だけに、よほど感慨深い出来事だったのだろう。

ほたるがついてきた経緯については、論理的な解釈もできそうだが(例えばほたるは既に死んでいて、

その死骸がもののはずみで、たまたま…ケホン、ケホン)、ここはあまり詮索せずに、

「俳句の神様の粋ないたずら」と、受け取っておくのがいいのだろう。

どちらにしろ、お墓に眠っているほたる、そうはいないと思う。
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by mofu903 | 2015-07-08 18:10 | 不思議
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「パンジーの花って、顔に見えません?」

そう聞いたら、共感してくださる方は多いのではないでしょうか。



『点が三つ、逆三角形に配置されていると、顔に見えてくる』

という錯覚は、<シュミラクラ現象>と呼ばれ、人間の脳にプログラミングされているそうです。

身の回りにあるものに、ふと、目、・(鼻)・口があるように見えたとたん、

それが人格を持っているように思えてきて、つい、話しかけたくなってしまいます。



コネクタのカップルとか、

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てへぺろのバッグとか、

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何かたくらんでるサイフとか…。

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何かが、まったく違うものの形に見えることもあるでしょう?

子供の頃住んでいた家の、柱の木目が、長い衣を着たおばけに見えて、

夜、その前を通るのが怖くてしかたありませんでした。

この現象にも、<パレイドリア>という、なかなか立派な名前がつけられていました。

『一度そう見えてしまうと、その知覚からなかなか向け出せない』 のが、特徴なんだとか。




ヘアーアイロン。趣味はカラオケ。

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カーテン閉めてくれるの?

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庭のヒヤシンスだって、

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タコ。(たぶん、マイムマイムに興じているところ)





まだまだ、たくさんありそうです。

皆さまも、探してみてくださいねヽ(o´∀`o)ノ





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by mofu903 | 2015-03-30 12:20 | 不思議

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ツマグロヒョウモン  photo by びすこってぃ



今日で九月も終わりです。これからは、日ごとに秋が深まっていきます。

今年の秋は、どんなふうに私と遊んでくれるんでしょう。

楽しみにしていたら、早くも今朝、一本とられてしまいました。




庭の芝生で、蝶のツマグロヒョウモンが羽を休めていました。

毎年、一羽か二羽が、うちの庭で生まれ、広い世界へデビューしていきます。

でも、やっぱり生家が恋しいらしく、ときどきこうして訪ねてくれるのです。

今年も会えたことが嬉しくて、

「ちょっと待ってて、そこ、動かないで」

声をかけ、急いでカメラを取りに家に戻りました。

カメラを探し回ることしばし。ああ、飛んで行かなければいいけど。

戻ってきたら、ちゃんと元の場所にいました。

「ありがとう、待っててくれて!」と、カメラを構えてそうっと近寄ったら…




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変わり身の術!

蝶が止まっていたのと同じ場所に、色づいたハナミズキの葉っぱが。

こんなふうに楽しませてくれるから、秋がますます好きになってしまいます。




これも、秋(の蚊)に遊んでもらったのかしら。

ちょっと前、草むしりをしていて刺された痕です。

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お見苦しいものをごめんなさい。でも、偶然とはいえ、出来すぎでしょう?(^_^;)







今までの経験からいえば、不思議現象は秋に起きる率が高いようです。

今日はちょっと暑かったので、帰宅後すぐに、着ていたシフォンのチュニックを脱ぎ、

傍にあった椅子に、ひょいと掛けました。

一呼吸おいて、ふと見ると、そのチュニックがゆらゆらと動いている。

風もないのに。

不審に思って一歩近づくと、フレアーになった裾がふうわりと持ち上がり、(そう、重力に反して!)

物言いたげな風情で、ゆーらゆーら。



……凍りつく私。


固唾をのんで見守っていると、いったん動きを止めたチュニックが、また不自然な動きを再開。


超常現象、キターーーーー!



これはもう、動画を撮って証拠を残すしかない!

踵を返してカメラを取りに駈け出そうとすると、なんと、椅子から落ちたチュニックが、

廊下をすべって、私の後を追ってくる!



全身に鳥肌が立つのを感じながらも、怪異との対決を覚悟して振り返り――

はっと、気づきました。




チュニックの裾かがりの黒いミシン糸がぐる~っとほどけて、その糸先が、どういうわけか、

私のパンツ(アクセントなし)のウェスト部分と、パンツ(前にアクセント)の間に挟まっていました。






不思議なのは、私のアタマですた。





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ご訪問ありがとうございます。
ちょくちょく消息不明になる私なので、皆様から、
「長く留守にするときは言ってください」とか、「捜索願を出そうかと思った」とか
愛のこもったお叱りの言葉をいただくことがあります。
ご心配をかけてすみません。
ということで、今回はお知らせ付きで、一か月ほどブログをお休みします^^;
皆様のブログには、ときどきお邪魔させていただくつもりです。
それでは、しばらくごきげんよう(^_^)/~

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by mofu903 | 2014-09-30 10:20 | 不思議
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   Cicely Mary Barker





今日は、飛び出す絵本『How to find flower fairies』の続きをご紹介させてください。



私が一番好きなページです。でも、ぼけてますね…上手に撮れなくてすみません。

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枝にまたがったいたずらっ子。
それにしても、バーカーの描く妖精は、どれも表情がいきいきして、特徴がはっきりしています。
実際、彼女に、「モデルになってくれる?」って頼まれた人間の子供は、少なくないのでは?^^

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こちらの舞台は、沼地です。

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みーつけた!睡蓮の葉っぱの下に、隠れていました。



最後は、カメラに写った妖精です(ホログラムになっていて、羽が動きます)。

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妖精写真の撮影に成功したという、ふたりの少女の話 (コティングリー妖精事件・1920) が、

この絵本の下敷きになっているようです。



ふたりが撮ったという写真、現代人の視線で見れば、容易に真偽のほどが知れそうなものですが、

当時の人たち、特に妖精譚にゆかりの深い地に住んでいる人たちにとっては、

さぞ衝撃的だったことでしょう。

なにしろ、シャーロック・ホームズを書いたドイルでさえ、これらの写真を本物と断定したのですから。





それにしても、妖精って、本当にいるんでしょうか。

私は、東京の自宅の庭で、妖精の集団を目撃したことがあります、と書いたら、

みなさんは、「ジャレが、とうとうおかしくなった!」と思われるでしょうね。



当時、娘がふたつかみっつでしたから、20年も前になるでしょうか。

その夜は、夏風邪で高熱を出した娘の容態を見守りながら、ずっと起きていました。

開け放した窓のすぐ外には、大きなハナミズキがありました。

それを眺めるともなしに眺めていたら、こっちに向かって一本だけ飛び出している枝先に、

身の丈15センチほどの小さな人が座っているのが見えました。


おやっ、と思って目を凝らすと、その小さな人は、絵本でよく見かけるような、妖精の服装を

しているではありませんか。

しかも先のとんがった靴をはいた足をちょこんと組んで、揺れる枝先の上で、

細い笛のようなものを口にあてがっています!


もっとも、外は真っ暗。

ハナミズキは、月明かりと、門燈のぼんやりした光に照らし出されているだけだったので、

その「妖精」は、半ばシルエットのように見えていました。

最初は、「葉っぱが重なって、こんなふうに見えてるのね」と思いました。当然ですよね。

(私が子どもだったら、この光景を即座に受け入れることができたのでしょうが…)


でも、視線を移すと、なんとまあ……もっと太い枝に、ドレス姿の貴婦人がいます。紳士もいます。

おまけに、二股に分かれた枝の間には、小さな馬車まで停まっているではありませんか!

うそ~っ、と思ったとたん、根元のほうから梢に向かって、枝の間を駆け抜けていく小さな馬の群れ!


ぬるい風の吹く晩で、枝葉は休みなく動いていましたから、月明かりの下の錯覚を誘うには、

十分だったでしょう。

なんといっても、私はくたくたに疲れていて、睡眠不足でした……。

突然目の前にあらわれた不思議な現象をぼんやり眺めながら、

「そうか、幻覚って、こういうときに見えるんだ~」

などと考えていました。


もっと元気だったら、庭に出て行って、木に触れながらよくよく調べたに違いありません。

でも、その夜は、体がだるくてだるくて、立ち上がるのさえ億劫でした。

それに…実のところ、確かめるのが少し怖かったのです。



これが、私の最初で最後(だと思います)の幻視体験です。

今でも、「もしかして、あの夜、本物の妖精たちを見たのかしら?」と思っている(思いたい)自分も

いますが、ここは日本ですものね。

怪事を起こすのは、やっぱり、狐狸の類でなくちゃ(^_^;)




さて――

ひとくくりに「妖精」と言っても、今回ご紹介したようなかわいい子たちばかりでなく、

邪悪で危険な連中(ダークエルフ、またはアンシーリーコート)も、たくさんいます。


たとえ邪悪な下心がなくても、妖精たちのいたずらは度を越しているので、

こっぴどい目に合いたくなければ、魔よけの薬草を身に着けたり、

呪文を覚えておいたりする必要があります。


妖精の本場・英国には、そんな「妖精から身を護る方法」が、とてもたくさん。

その中から、面白いものをいくつかご紹介したいと思います。

日本にいれば、まず、使うことはないでしょうが…^^




*上着を裏返しにする。

*鈴、聖書、蹄鉄、流れる水。

*昔の墓地の土。

*ひな菊の花輪。

*聖ジョンの草(オトギリソウ?)

*床に亜麻をまく。

*ナナカマドと赤い糸を玄関のドアに結ぶ。

*つま先を、ベッドの外側に向けて靴を置く。

*裏返した手袋(妖精たちの踊りの輪に投げ込んで、彼らを追い払う)

*十字架(ケーキの上に描いて、彼らがその上で踊らないようにする!)





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                                      Brian Froud
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by mofu903 | 2013-11-06 17:13 | 不思議
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                                     イラスト・Brian Froud




薄暗い木立に入ると、耳は野兎のように敏感になる。

さりさり――しゃらしゃら――風に鳴るケヤキの梢。

枝で鳴き交わしている小鳥たちの声も、冬が近いことを察してか、せわしなく鋭い。

ぽとん、ぱらぱら…そこかしこで雨だれのように、シイの実、クヌギの実の落ちる音。

一足ごとに、落ち葉や枯草は、ぱりぱり、かさこそ。



11月の林は、そこらじゅうに、目に見えないものたちの気配が漂っている。

何かが、息をひそめてこっちを見ているような。

くすくす、忍び笑いをしているような――。






去年の今頃、カルーセル式の絵本エドワーディアン・ハウスをご紹介した時に、

手に入ったら、「ヴィクトリアン・ハウス」もお見せしますね…と書いたことを思い出しました。

でも、結局、在庫切れで購入できず…お約束を守れなくてすみません(/_;)


その代わりと言ってはなんですが、先日、娘がくれた絵本を、少しだけご紹介させて下さいね。

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タイトルは、「How to Find Flower Fairies」

愛らしい妖精の絵で人気のある、シシリー・メアリー・バーカーの作品をもとに作られています。

表紙を開くと、こんな不思議な世界が飛び出してくるんです!

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あちこちに妖精が隠れています。

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ページに顔をくっつけて覗き込まないと見つからない子もいて、なかなか手の込んだ作りです。

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次のページは、木の中にある妖精の家

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きのこが三次元に見えて、しかたないの^^



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三番目のシーンは、庭の花壇です。

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茂みのトンネルの奥に、美人さんがいます!

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写真(ピンボケですみません)が多くなってしまいましたので、途中ですが、今日はこのへんで――

続きは、明日にでもアップさせていただけたらと思います。

興味がおありでしたら、またのぞいてやってくださいね(*^_^*)



amazon:『How to find flower fairies』
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by mofu903 | 2013-11-05 12:34 | 不思議
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Uのお通夜から帰ってきた晩は、ほとんど眠れなかった。

長年親しんだ彼女の、笑顔の遺影が頭から離れず、大学時代からの親交のかずかずが

浮かんでは消え、消えては浮かんで、夢うつつで過ごすうちに、夜が明けてしまった。


庭に出て、夜半からの涼しさに生気を取り戻した草花を、見るともなしに眺めていた。



その日の午後に行われる告別式にも参加したかったのだが、どうしても都合がつかなかった。

お通夜は弔問に訪れる人が後を絶たず、お焼香をさせてもらうだけで精いっぱいだったので、

告別式で、一目なりとお顔を拝見し、感謝の言葉を伝えたかったのに……。



その時、何かが、ふわりと視界をよぎった。

目で追った先に、一羽の黒い蝶が飛んでいた。



見慣れない蝶は、ひらひら、ひらひらと、まつわりつくように私の周りを二度廻ったと思うと、

折からの風に乗るようにして、生垣の向こうへ飛び去った。



ほんの短い時間だったが、とっさに、Uがお別れに来てくれたのだ、と思った。

最後のお別れがしたいという私の強い願望が、彼女に通じたのだと。




毎年、夏のあいだ、カラスアゲハやキアゲハ、アオスジアゲハが庭を訪ねてくる。

でも、それは初めて見る蝶だった。

アゲハよりやや小ぶりで、黒い羽には青い縁取りがあった。



出かける支度をする合間に、書棚にあった昆虫図鑑を開いてみた。

すぐに、よく似た色と形の蝶が見つかった。「ルリタテハ」と書いてある。

確かに、黒い羽にくっきりついた模様は、瑠璃色をしていたっけ。



図鑑を閉じようとして、不意に、あることに思い当たり、そのとたん、さぁっと鳥肌が立つのを感じた。


あることとは、三十年も前の、こんなできごとだった。




私の最初の職場は、母校の研究室だった。

二年ばかり勤めたころ、私は、当時の同僚だったUとS美と一緒に、恩師の出版を手伝うことになった。

無事に本が刊行され、打ち上げとサポートのお礼という名目で、私たち三人は、

恩師の新築の家に招待していただいた。



師がご自慢の奥さまは、うわさ以上に素敵な方で、手の込んだお料理でもてなしてくださった。

その上、思いがけなくも、趣味でなさっていた紅型染の反物を、それぞれに用意していて下さったので、

私たちは大いに感激した。


「主人から聞いているお一人ずつのイメージに合わせて染めてみました。

よければ、帯になさってね」

そうおっしゃって、真新しい畳の上に見事なお作を広げてくださった時の、嬉しさといったら!


私がいただいたのは、朱色の蓮のような花と流水紋。

後輩のS美は、薄紅色の梅の花と初々しいつぼみが一面に施されたものを。

そして、Uには――黒に近い濃紺に、青い模様の羽の蝶が飛んでいる、シックな図柄……

告別式の朝に、私が見たのとそっくりな蝶だった。




この不思議な一致を、どう受け止めたらいいのだろう。



私の記憶がどこかで入れ替わってしまったのだろうか。

単に、偶然のなせるわざだったのだろうか。

そもそも、あの蝶さえ、私の疲れた脳が見せた幻かもしれない。




これらの解釈を肯定し、否定し、また肯定し、これを幾度となく繰り返していたが、

ここにきて、このできごとはシンプルに受け止めるのが一番いいように思えてきた。



 
――Uが、蝶に姿を変えて最後のお別れを言いに来てくれた。


そう信じることが、なによりの鎮魂だと思うから。

彼女と、私にとって。




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またまた、ご無沙汰してしまいました。
ちょこっと体調を崩し、それに追い打ちをかけるようにPCが壊れ、まさに弱り目に祟り目でした。

ずっと更新を怠っていたにもかかわらず、ご訪問くださった方々、またブログ三周年のお祝いや、
安否を気遣うコメント・メッセージをくださった方々には、心よりお礼を申し上げます。

皆様のブログにも、おいおいお邪魔させていただきますね。
更新のほうは、相変わらずのスローペースになりそうですが、おつきあいいただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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by mofu903 | 2013-09-21 00:44 | 不思議

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階下で、洗い上がりを知らせる洗濯機のブザーが鳴った。

洗濯かごを抱えて階段を降りて行ったら――

廊下にチューブ入りのマヨネーズが転がっていた。

触ってみると、まだひんやりしている。

二階の冷蔵庫に収納されているはずのマヨネーズが、どうしてここにあるのだろうか。

家族はみんな朝から出かけていて、家にいるのは私だけなのに。



キヒヒヒヒ… 

わが家に住みついている、イタズラ神の笑い声が聞こえた気がした。

こやつは、今までにも、つまらないイタズラを何度も仕掛けてきている。

たった今、そこにあったものが、忽然と無くなったり、とんでもないところから出てきたりするのは、

たぶん、このイタ神の仕業なのだ。


いつだったか、納戸の引き戸が開かなくなったことがあった。

夫がひとしきりガタガタやったが、五寸釘でも打ち付けてあるかのように動かない。

何かが挟まっているのかしらと、敷居ぎわにある箪笥の後ろを覗いたら、

そこに、あるはずのないものがあった。


キュウリが一本。しかも、採れたてのように瑞々しい。

あまりに不可解だったので、母と娘にも聞いてみたが、二人とも、

「キュウリ?なんでそんなところに?」と、不思議がるばかり。


変だね~と言い合っているうちに、イタズラ神の正体は案外、

近くの川に住むカッパかもしれないということで落ち着いたのだった。


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カッパは、キュウリにマヨネーズをつけるのかしら…?

さすがに、それはナイと思う。

しかし、マヨネーズのチューブが、「わて、ちょいと出かけて来ますわ」みたいな感じで

冷蔵庫から出てきて、ひとりで階段を下りて来ない限り、ここにあるわけがないのであった。



が、あれこれ考えを巡らせているうちに、はたと思い当たった。


うちの二階は、階段を上ったところに広めのスペースがあり、突き当りがミニキッチンになっている。

普段、そこで料理を作ることが多いから、冷蔵庫も置いてある。


一方、階段は吹き抜けになっていて、手すりが平らで広めなので、

私はついついそこにモノを置いてしまう癖がある。

これらの条件から、

『冷蔵庫のドアポケットから出したマヨネーズを、私がいつもの癖で手すりに置き、

それがバランスを失って一階の廊下に落ちた』

という状況が推測できる。


これで謎は解けた、と、安堵したいところだが、冷蔵庫を開けてマヨネーズを取り出し、

それを手すりに置いたはずの私には、この一連の動作をした覚えがまったく無い。

だから、怖い。

あやかし・もののけの類に出くわしたのより、はるかに切実な怖さがある。





今日は今日とて――

夫が私の帰宅を待ちかねたように、「テーブルに、変な粉が落ちてるんだよぅ」と、報告してきた。

見ると、確かに、薄黄色い顆粒状のものが、ぱらぱらと散らばっている

朝、テーブルはきれいに拭いたはずなのに…

「ここで、何か食べなかった?」と聞くと、

「そういえば、買ってきたサンドイッチを食べたけど……これはどう見てもパン屑じゃないよね?」

確かに。

眼鏡を外し、テーブルに近々と顔を寄せて検分していた夫が、突然、顔を上げた。

続いて、頭上に視線を走らせる。

何かひらめいたのだろうか?

水谷豊さん演じる杉下警部のように、双眸がキラリときらめいた。

「上から落ちてきたのかもしれない」

え?

「木屑だよ!虫が天井板を食ってるんじゃないか?」

えええ?

だとすれば、ゆゆしき事態だ。


見上げた限り、天井には何の異状もないが、こういうことはつぶさに調べねばわからない。

夫より多少身軽な私が、壊すのを危ぶみながらも椅子に立ち上がって、

当たりを付けた部分の天井板を睨んでいると、騒ぎを聞きつけたらしい娘がふらりとやって来た。


われわれに、さっと一瞥をくれて、

「パパ、さっき、マフィン食べてたよね?」

なに?「サンドイッチを食べた」って、マフィンサンドかい!!

椅子から飛び降りてチェックすると、

果たして、謎のぷちぷちは、イングリッシュマフィンの表面にまぶしてあったコーングリッツであった。


夫のぶっとんだ推理に踊らされて、天井板をためつすがめつしていた自分、

あやうく首の筋を違えそうになった自分が、つくづくアホに思えた。

それより何より、変人の夫と同レベルになってしまったことが、残念でならなかった。


<幽霊の正体見たり枯れ尾花>

この句のように、「冷静になれば、世の中の不思議はたいてい説明がつく」と思い知らされた出来事だった。




しかし――

さっき、階下に行くと、例によって、ご機嫌で電話している母の声が漏れ聞こえてきた。

「無理よ、そんな早起きできないわ~。私、昔からお寝坊でね、『起床は九時』って決めてるの。

そう、そう、もう、なーん十年も、なーん百年も、そうなのよぉ~」



わが家には、やはり、もののけがいたのだった。




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by mofu903 | 2013-08-19 02:13 | 不思議
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「痛いの痛いの、飛んでけ~」

転んだり、どこかをぶつけたりして、思わず泣きべそをかいたとき、

親にこう言ってもらった、あるいは、そう言って子供をなだめた、

という経験を持つ方は多いのではないかしら。


私も、わが子に対して良く使っていた。

「チチンプイプイ、痛いの痛いの、遠―いお山に飛んで行けー!」

こう唱えながら、名投手よろしく、思いっきり「痛いの」を遠くに放り投げる真似をする。

ついでに、勢い余ってつんのめったりふりなどしてやれば、子供たちはきゃっきゃと喜んで、

たった今、膝小僧を擦りむいたことも忘れてしまう。




さっき、うっかりして熱いフライパンに触ってしまった。

ひりひりする指先に水をかけながら、(痛いの痛いの…)と自分自身に言いかけて、ふと気がついた。

そうだ、やけどに効く呪文があったんだっけ。


「猿沢の池の大ヘビ焼け死んで、その葬式をタコがするなり」


むかしむかし、明治生まれのおばあちゃんから教わった呪文の一つである。


祖母の生家はお寺だったので、ことあるごとに檀家の人たちが寄り合いをしに集まってきたらしい。

そこでは、他愛ない茶飲み話にも花が咲いたことだろう。

そういう場で、「生活の知恵」としてのまじないが、年寄りから子供へと

口づてに引き継がれていったのは、想像に難くない。




祖母から聞いたおまじないを思い出すままに書いてみる。


のどに魚の骨が刺さったときは、

 「骨吹き返せ伊勢の神風、アブラウンケンソワカ」


こう唱えてから、ご飯を一口ぶん噛まずに呑み込む。



夢見が悪くて気になるときは、この呪文を唱えれば安心だ。


「見し夢を、バクの餌食となすならば、心も晴るる有明の月」





今はもう、町なかでリードのない犬を見かけることはないが、私が小さい頃はたまに、

哀しい目をした野良犬に出会うことがあった。

幸い、彼らはおとなしかったが、祖母が子供の頃は、野良と呼ばれる犬はもっと多かったに違いない。

子供にとって、逃げれば追いかけてくる犬は、脅威だったろう。

そのために、「犬除け」というものがあった。


「いぬ、い、ね、うし、とら(戌亥子丑寅?)」

と言いながら、親指から小指まで指を折っていって、出来たこぶしを握りしめる。


母に聞いた話では、このまじないは、幼かった祖母が実験済みだそうだ。

結果は、あえなく犬にかみつかれてしまったというから、なんとも気の毒。

しかし、その情景を思い浮かべるたびに、薄情な孫娘(私)は、こみあげてくる笑いを抑えきれない。




私が試して、よく効いたものもある。

針をなくしたときの呪文

清水の音羽の滝は尽きるとも、失せたる針の出でぬことなし


中三の時、家庭科の授業で浴衣を縫っていたのだが、ときどき針がなくなったと言い出す子がいて、

そんなときは、先生の号令一下、クラス中で作業台の上から床まで、なめるように探させられたものだ。

そこで、この呪文をクラスメートに教えたところ、不思議と針がたやすく見つかるようになって、

みんなに感謝されるということがあった。

ぶきっちょな私は、家庭科の先生の覚えがめでたくなかったが、

このできごとにだけは感心してもらえたようで、先生も「清水の…」と、手帳に書き写しておられた。

(まじない効果で、評点が少し上がるかしらと期待していたが、結局、いつも通りのCだった。)



呪文ではないが、こんなおまじないもある。

しゃっくりが止まらないときは、器に水を入れ、二本の箸を十文字になるように渡して、

仕切られた四か所から順に飲むとか、

起きたい時刻の数だけ枕をたたいて寝ると、時間通りに目が覚めるとか、

下の乳歯が抜けたら、「鬼の歯になーれ」と言って屋根に投げ上げ、

上が抜けたら、「ネズミの歯になーれ」と言って、縁の下に放り込む、とか……

教えられるままに、幼かった私は、神妙に従ったものだ。



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バタバタと出かける支度をしていたら、つけようとしたネックレスのチェーンが絡んでしまっていた

というような経験はないでしょうか。


そんなときには、私が本から仕入れたこの呪文がおすすめ。

モシャシャノシャ、シャシャモシャシャ、モシャシャナケレバ、シャシャモシャモナシ 


舌を噛みそうだが、こんがらがった糸をほどくときに唱えていると、けっこう効果がある。

この、調子が良くて滑稽味のある言葉を繰り返しているうちに、焦りが消えて、

気持ちにゆとりが生まれてくるからかもしれない。


モシャシャノシャをモジャジャノジャと濁って唱えれば、

増毛のおまじないに転用できるのじゃないかしら。

薄毛が目立つようになった夫に、試してみたい。



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by mofu903 | 2013-06-14 09:30 | 不思議
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東京で桜が満開になったのは、おとといだったかしら、先おとといだったかしら。

上野のお花見映像はTVで見たが、リアルの桜を、私はまだ見ていない。

最後に外出した水曜日には、開花の気配すら感じられなかった。

それからずっとひきこもっていて、世間の春からすっかり取り残されてしまった感がある。


「見に行ってる暇がないのよ、野暮用続きで…」というのは言いわけで、

べつに軟禁されているわけじゃなし、ちょっとサンダルをつっかけて出かければ、

坂を下りたところに、年ごとの開花を楽しみにしている大木がある。

それなのに、気が乗らない。



今年の開花は突然すぎて、今か今か、とそわそわしながら待つ、

あの助走部に匹敵する期待感がなかったからだろうか。

「桜が満開」と聞いても、妙に白けている自分が不思議である。



そんなことを考えているうちに、昔、同じサークルにいた人のことを思い出した。



その女性・Kさんは、私より十ばかり年上だったが、

「白ける」どころか、重度の桜嫌いだった。

桜の季節になると、頭痛がひどくなるので、ずっと家にこもっている。

どうしても用事があるときは、大きなサングラスとマスクで武装して出かけ、

ひたすら目線を上げずに歩く。

どこで満開の桜に「出くわす」か、わからないからだそうだ。


着物や食器などの模様は大丈夫だが、桜餅や桜湯のように、口に入れるのはだめ。

香り袋もお香もだめ。

こう書くと、Kさんの桜アレルギーは体質的なもので、花粉症の類と思われそうだが、

そうではないのだ。



「これは、父譲りなの」と、Kさんは言った。



彼女と、若い男性、そして私。この三人のサークル仲間でお茶をしていた時のことだ。

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「父の桜嫌いは、有名だった。
でも、昔はね、うちも、普通に家族そろってお花見に行ったのよ。
私は年の離れた末っ子だから、記憶にないけど、姉たちは良く覚えてるって。

父は、堅い仕事をしてたから、気分転換の意味もあったんでしょうね、山歩きが趣味で、
特に桜のころは、よく一人で出かけて行ったんだって。
このあたりで言ったら、M山か、T山よね。

それが、突然、桜を見るのも嫌だって言い出して、山歩きもやめちゃったの。
普段は、そんな極端なことをしたり、言ったりしたことがない人だったから、母は心底びっくりしたって。


そのおかしな癖が、何年も経って、私に来たのね。
私も若いころは、全然平気だったのよ。
でも、父と同じで、四十近くなってから、本当にいきなり嫌いになったの。
なんで?って聞かれても、答えようがないわ、ただ生理的に受け付けないのよ。

変でしょう?
父娘っていったって、そんなこと、似なくてもいいのにねえ」






これは、十数年前に、本人から直接聞いた話だ。


人生の半ばを過ぎてからの桜嫌いは、私の身にも、起こりかけているのかしら。

そう思うと気後れして、近場の花見に出かける気にもなれないままだ。

春ごとに魅入られてきた桜を、もし美しいと思えなかったら、

いよいよこの憂鬱な気分のやり場がなくなりそうだから。




それにしても、不思議なこともあるものだ、と思う。

Kさんのお父さんが、六十年前に突然、桜嫌いになった理由を、今日のような花冷えの日には、

つい、あれこれ考えてしまう。




そうすると、首筋のあたりが、いっそう、うすら寒くなる。

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by mofu903 | 2013-03-25 10:12 | 不思議
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 夜勤から帰宅する夫のために、いつものように朝食の準備をしていた。


その日は寝坊してしまい、<しまった!>と飛び起きて、キッチンに走った。
それからは、お湯を沸かす時間ももどかしいほどのてんてこまい。
味噌汁用のワカメをもどしーの、フライパンに卵を割り入れーの、
オーブントースターにウィンナーを並べーの……


 一応、体裁を整えたところに、玄関で夫の「ただいまー」の声。
われながらジャストタイミング、とにんまりしながら、
ご飯をよそおうと炊飯器のふたを開けた時、ありゃ?と思った。


さっき、食器棚から出して目の前に置いたはずの、夫の茶碗がない。

ばたばたしていて、無意識に別のところに置いたのかしら。
その辺をざっと目で探したが、見当たらない。
キッチンでの自分の動線を思いつく限りたどってみたが、やっぱり無い。
うろうろしているところに現れた夫にも、捜索に加わってもらった。

 ダイニング、リビング、納戸(行った覚えがない)、ベランダ(全く行った覚えがない)、
レンジの中、冷蔵庫の中――ナイ。



 珍しく空腹を忘れている夫と二人で、躍起になってさがしまわったが、ついに見つからなかった。

忽然と姿を消した藍色の縞模様の茶碗。
四次元に落ちたか、さもなければ、例の、「イタ神」の仕業だということで、ついにあきらめ、
とにかく代わりのお茶碗を出そうと食器棚を開けたら……


アッタ。

前の晩、洗って収めた場所から1ミリも動かずに、厳然として、そこに。


 
手にしたものをちょっとその辺に置く。
そのあと、どこに置いたか忘れてしまう、ということが、最近、ちょくちょくある。
しかし、初めから出してもいないものを、
「確かにそこに置いた」と思い込んでしまうのは、脳の老化が進んだ証拠だろう。
それとも、老化のレベルは現状維持でも、新しいバリエーションが派生したということだろうか。

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 これはよく知られた話だが……
アニメ『巨人の星』では、主題歌の出だし部分の、
「♪お~も~い~こんだ~ら~しれん~の~み~ち~を~」
 (思い込んだら試練の道を) とともに、
主人公が重たそうな地ならしローラーを必死になって引っ張っているシーンが映し出される。

 このため、この地ならしローラーの正式名称が、「コンダーラ」(重いコンダーラ)である、
と思い込んでいる人が結構いるらしい。


 実は私も、ガチガチの思い込み人間である。
この思い込みのせいで、
我ながら、つくづく「バカだなぁ」とあきれるような出来事をいくつもやらかしている。
たとえば…

 
 
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 はじめての引っ越しをして、すぐのことだ。

そこは、人声も車の音もめったにしないような、閑静な住宅街。
しかし、夜になると、隣家から奇怪な声が響いてくることに気づいた。


 誰が笑っているのかしらないが、その耳障りな声は、まるで笑い袋そっくりだった。

 
そのうちに、声が「カトちゃんケンちゃん」というお笑い番組の時間帯にかぶっている、
と思い当った。

(自分ではその番組を見たこともないのに、どうしてそう思ったのかは謎だ)。

 そうか!お隣のご主人がこの番組のファンで、大爆笑してるんだわ。
見たところ物静かで上品な老紳士なので、
あのすさまじい笑い声を発する方とは、とても想像できなかったが、
たいてい、人は見かけによらないものだ。

どうよ、私の推理力は?と家族にも自信満々で語って聞かせた。
そして、隣のおじいさんに会ってあいさつを交わすたびに、
「カトちゃんとケンちゃん、どっちのファンですか?」と聞きたくなる自分を抑えていた。




 そんなある夜、家の近くを散歩していて、例の笑い声を聞いた。

 それはいつにも増して強烈で、あたりにギャ~ッハッハ~と響き渡っている。
 
 (今日は、「『カトちゃん』の日だったかしら…?)と不審に思いながら家の前まで来て、
その声の出どころがお隣でないことに、はたと気付いた。

 だって、お隣さんは前の日、避暑に行くといって、奥さんが挨拶に来られたもの。

 よくよく耳を凝らすと、声は、いっぽん裏の通りから聞こえてくるではないか。
たどっていくうちに、ギャ~ッハッハ~の声はますます大きくなり、ますます怪しげに、狂気さえ帯びてきた。


 高台にある家の庭先に、金網が張ってあって、夜目にも白い物がいる。
それが声を限りにわめいている。
ドキドキしながら近寄って行くと、びっくりするほど大きな、アヒルだった。


ギャ~ハッハッハ~


ハ~ハ~ハ~……と、声が反響した。
面と向かって馬鹿にされたような気がして、私は肩を落として踵を返した。



思いコンダーラを引きずった後の脱力感は、半端ない。


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by mofu903 | 2012-06-22 21:19 | 不思議