カテゴリ:日常( 55 )


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暑さとは関係ないと思うが、最近、腑に落ちないことが多い。

「これって、変だと思わない?どうなってるのかな?」

と、人に聞けばいいのに、それもせずにモヤモヤしている。

時代劇で、侍が眉をひそめ、「解せぬ……」とつぶやく、あのニュアンスに近い。

誰かに聞いたり、自分で調べたりして真実を突き止めるほどの熱意はない。

放置していても大勢に影響はない。

かといって、さらりと流すこともできないレベルの違和感だ。



たとえば――

私は、宅配便の集荷システムをよく利用する。

業界大手のY社に電話をかけ、自動音声の案内に従って、数字をプッシュすると、

コールセンターに繋がる。

オペレーターさんに聞かれるままに、名前、住所、電話番号、続いて送り先の地域と送りたい品物、

送る準備はできていることなどを伝える。

そこではじめて、「○時ごろ伺います」となるのが、通常の流れだ。


このあいだ、先方の指定があったので、これも大手のS社に、初めて集荷を依頼した。

まず、Y社と同じように自動音声の案内があった。それに従って、①をピッ。

すると、「ゴジタクノデンワバンゴウヲ、プッシュシテクダサイ」

はいはい、と従う。

自動音声が続けて言うには、

シュウカノゴイライヲ、オウケシマシタ。ゴリヨウ、アリガトウゴザイマシタ」

(虚を衝かれたので、正確には覚えていないが、だいたいこんな感じだった)

聞き間違いかしらと、しばらく待っていたが、あちらはもう、うんともすんとも言わない。

狐につままれた気分で、受話器を置いた。

住所どころか、こっちの名前さえ言っていないのに……電話番号だけで本当に来るのかいな。

半信半疑で待っていたら、しばらくして、ちゃんと来てくれた。

ロボットが来たりして――という、漠とした不安があったのだが、玄関先に立ったのは、もちろん、

れっきとした人間(の男性)だった。



時間帯を気にしないで買い物ができるネットショップも、よく利用している。

暑い中、あちこち歩き回らなくてもいいのだから、便利な世の中になったものだ。

しかし、過去にチェックした商品の広告が、サイトを開くたびにくっついてきて、

視界にちらつくのがうっとうしくてたまらない。



たとえば、ダイエット関連の商品をチェックしたとする。

そうすると、<徹底的に脂肪を燃やす!>とか、

<一週間で4キロ減。痩せすぎ注意!>とかの広告が、とっかえひっかえ貼られるから、

余計なお世話だよ、と言いたくなる。

網戸の張り替えについて検索したら、10分後にはもう、「網戸のことならお任せください」の広告。

まるで、行動を逐一監視されているような気分になってくる。



最近、もっとも頻繁に出てくるのは、アンチエイジング化粧品の宣伝だ

(この分野については、チェックした覚えがない。敵は、私が歳を重ねたオバサンであることを、

なぜ知っているのか。

私の顔が、アンチエイジングごときで改善するようなしろものではないことを、

なぜ知らないのか)。

だいたい、この商品の謳い文句からして既におかしい。

「年配の女性は皺を除去します。抗老化クリーム見て、医師が年下を発見します」

はいはい、怪しいね。買いません。

今日は、広告第二弾が登場した。

「母は皺を削除します。新しいアンチエイジングクリーム、ルック歳年下。今、学びます」



何を学ぶか知らないが、少なくとも、自動翻訳機には正しい日本語を学んでほしい。

というか、自動翻訳がこれほど普及している理由も合わせて、まことに解せぬ。




某銀行で、新規の口座を作ってもらった。

手続きに必要な何枚かの書類に記入していたら、そのなかに、

「私は、反社会的勢力でないことを確約します」と書かれた一枚が。

(噂に聞いていたのはこれか~)と思いながら、署名・捺印したが、

実際、この念書にどれほどの効力があるんだろう。

見るからにそれらしき風体の人はいざ知らず、しょせん自己申告である。

反社会的な人が、バカ正直に申告するとは思えない。


これも、今さら人には聞けない「解せぬ」だったが、いくら暑いからといって、思考停止は良くないと

思い直した。

調べた結果は、こんな感じだった。

「申告が虚偽であった場合、銀行側は客に対して取引停止、または解約できる」

それな(笑)


やっとひとつ、解せぬが解せた。

連日の猛暑でふやけた脳内を、涼風が吹き抜けた心地がした。


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by mofu903 | 2015-07-26 20:01 | 日常
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10年ほど前に花粉症デビューしてからこのかた、もっぱら鼻にダメージを受けていたが、

今年は、鼻を上回る目の不快に悩まされている。



「かゆくて、かゆくて、たまらない。目玉を取り出して洗いたいくらいよ!」

と、以前、キレ気味に言った友人がいた。


それを聞いたときは、ゲゲゲの鬼太郎の父さん(目玉のおやじ)が、

茶碗の風呂の中で手拭いを使っている図が思い起こされて、

可笑しかった。


が、今こそ、この友人の気持ちが手に取るようにわかる。





もともと私は、目薬全般でくしゃみが止まらなくなる体質であり、

くしゃみをすると、ひどく不機嫌になる性質なので、

あれこれ考えた末に、洗眼薬を使ってみることにした。


添付の小さいキャップに洗眼液を入れ、目元にぴったりあてがってから、上を向き、

瞬きして目の中を洗う。

このキャップの縁は、逆さにした時に液が零れないよう、目の窪みに沿って絶妙なカーブを描いている。


こんなところにも、研究開発スタッフの苦心の跡がしのばれる。


期待に胸を膨らませつつ、早速、使ってみた。





説明書通りに、洗眼液の中で何度か瞬きしたあと、明るいところで使用後の液体を見ると、

細かい黒い点々がフヨフヨと浮いているではないか。


これには、感動した。


今日は風が強かったから、花粉を含んだ砂塵に違いない。


こんなに入ってたら、そりゃムズムズもするわぁ。


それにしても、取れるもんだわぁ。



一人で感動しているのはもったいないので、娘にも見せた。


キャップの中の液体を覗き込んだ娘いわく、「これ、マスカラ」


は?? 確かに……そう言われれば……。


説明書に、『アイメイクを落としてからご使用ください』と書いてあったような。





念入りにクレンジングしてから、ふたたび実行。


説明書には、『ゆっくり瞬きをしてください』とあったが、それでは、生ぬるいような気がする。


高速で目をパチパチさせつつ、

(真上を見てー、次は下、はい、今度は目頭寄り~、はい、目尻寄り~)

という具合に、目玉をぐりぐり回すことにした。


『洗う』からには、目の中は、洗濯機の洗濯漕のようであってしかるべきだ。


さらに、液をまんべんなくいきわたらせるために、両眼は水平に保つべきだろう。


目薬をさそうとして勢いよく天井を仰ぎ、首筋を違えたことがあるので、そこは用心しないとならない。



目玉をぐりぐりしながら、ちょっとずつあごの角度を上げていき、顔面を天井と平行に――


が、リクライニング式のフロアチェアーに、足を延ばして座っていたのは、まずかった。


めいっぱい頭をのけぞらせた時点でバランスが崩れ、椅子ごと後ろにバターン。


突然の出来事でパニックになり、日頃の運動不足も災いして、なかなか起き上がれない。


木から落ちたカブトムシさながら、あうあうと手足をばたつかせ、やっと元の体勢にもどれたが、

濡れた顔を拭いていたら、やり場のない怒りが、ふつふつと込み上げてきた。




怒りはやがて、脱力に変わった。


製薬会社には悪いけど、これ、たぶんもう買わない。




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最近はまっているビスコッティ。すてきにガリガリしてます。
レシピの二倍量で作っても、一日でなくなります。
まぁ、ほとんど私が食べてるんだけど(._.)


レシピはこちらです♥
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三か月前にやったぎっくり腰が、なかなかすっきりしないので、

ネットで知った「ぎっくり腰体操」をやってみることにした。


膝に足を乗せ、指とかかとに手を添えて、足首をぐりぐりまわす。

内回し、外回し、各20回。これを左右の足で3セットずつ行う。

簡単な体操なので、3セットと言わずもっとやりたくなる。

治りたい一心で励んだ結果、不都合な事実を認めざるをえなくなった。

「ぎっくり腰体操」は、ぎっくり腰を「直す」のではなく、ぎっくり腰に「する」体操だったのだ。


再び寝込んだ。

あおむけになって本を読み、腹這いになってごはんを食べる。

苦心して右を向き、惨憺して左を向く。

「あれを持ってきて」 「美味しいものが食べたい」 「洗濯物を干せ」 「パ○ツを穿かせろ」

次々と注文を出す私に、家族は相変わらず、なまあたたかい視線を注いでくれる。

私の家族は、そう言ってはなんだが、頼りがいがないぶん、優しい。

温和、かつ、稀にみる謙虚な人として知られる私でさえ、わが家族の面々と比べたら、

ヒステリックなカモノハシにたとえられるほどなのだ。(ちなみに、あまり知られていないが、

この動物は見かけによらず、鋭い毒爪を持っている)


私のぎっくり腰アゲインの原因が、おのれを叱咤しつつ体操に励んだ結果だと知ると、

夫も娘も深い同情を示してくれた。「努力が裏目に出て可哀想に」と。





実は、こんな彼らに、決して明かせないヒミツがある。

たしかに、「ぎっくり腰体操」のやりすぎはまずかった。

しかし、もっとまずかったのは、その後の私の行動だった。



心ゆくまで体操をして、満ち足りた気分で目の前の座椅子にどすんと座り、ゲーム機を手に取った。

ん?――座り心地がいつもと違う。

お尻が窮屈な気がするけど、最近、太ってきたからしょうがないか。

でも、背もたれも、なんとなくしっくりこないなぁ……

違和感を覚えた時点で確かめればよかったのに、不精な性格が災いして、

床に足を突っ張った不自然な姿勢でゲームにのめり込んでいた。

そのうち、お尻に生じていた圧痛が、だんだん耐えがたくなってきた。


さすがに、おかしいと思って立ち上がった瞬間、ぎくぅぅぅ。

二つ折りになったまま、涙目で見下ろした先に、魔の座椅子があった。



こんな感じで↓

  誤×
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  正〇
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背もたれに座ってたなんて、言えやしないよ……。
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by mofu903 | 2014-05-25 02:10 | 日常
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人をいじめて喜ぶというのは、私の理解を超えているが、対象を花に特定したら、

私にもサディストの気があるのじゃないかしら。


花々を愛でる暮らしは憧れだし、種を蒔いて小さな芽が頭をもたげて来たりしたら躍り上がるほど

嬉しいのに、胸の底には、常にその逆、『いじめたい』という衝動がうつらうつらしていて、

ときどき目を覚ますから始末が悪い。



咲き呆けたチューリップの花びらが、一枚だけ外側に反り返っていたので、そっと引っ張ってみた。

かすかな手ごたえのあと、なめらかな艶のあるそれが、はらりと離れて指先に。


その一瞬の満足を、何にたとえたらいいだろう。


たくさん開花させるための花がら摘みはかかせないが、それにかこつけて、萎んだパンジーやビオラを

次々手折るのも楽しくてならない。

すらりと伸びた細い茎を折るとき、指先が喜んでいるのがわかる。


ぽとんと落ちた椿は、貴重品だ。

花びらを一枚ずつむしる。

ふっふっふと、内心でほくそえみながら、むしる。もはや、危ない女になっている。

花びらが多い乙女椿は、もっとむしりがいがありそうだが、たいてい茶色く変色していて興ざめなので、

拾わない。


タンポポやクローバーに誘われるのは、足の裏だ。

踏みつけたくてむずむずする。

子供のころのように、裸足に柔らかなクローバーを踏んで駆け回れたらと夢想しているが、悲しいかな、

いつの間にかそういう原っぱは消えてしまった。



冷酷な性格が露呈したついでに白状すると、本当にいじめたくなるのは、終わりかけの花でなく、

今にも開きそうなつぼみだ。特に、バラの。

花好きを標榜する人間にはあるまじきことだが、あのふっくらしたつぼみを目にすると、

糸切り歯で、ぱっつんと噛み切りたくなる。

実は…一度だけ、欲望を抑えきれずに、大きな真紅のつぼみに歯を立てたことがあった。

酸味のある不快な苦さが口中に広がった。

憧れにくるまれた欲望は、リアルな味覚の前に崩れ去った。



五月、フローリストの店先は、色とりどりのバラのつぼみであふれている。

(あれって、まずいのよ)

自分に言い聞かせつつ、未練たっぷりで通り過ぎる。

葡萄にありつけなかった、イソップの狐みたいに。



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長らくご無沙汰してしまいました。

放置状態のブログにもかかわらず、おいでくださった皆さま、ありがとうございます。


去る2月14日、東京に未曾有の大雪(後で聞いたところ、私の住んでいる地域では、70センチの積雪

だったとか)が降ったバレンタインデーに、人生初のぎっくり腰を体験しました。


ギックリゴシの恐ろしさについては、いろいろ聞いていたので、得体の知れないモノノケのように恐れ

(たとえば、カマイタチのごとく)、うっかり出くわさないように日ごろから立ち居振る舞いには

気を付けていたつもりでしたが、まさか、この日、わが身を襲うとは。

そもそも、雪がとめどもなく降りしきる中、酔狂にも真夜中の散歩に出かけたのが間違いの元でした。

雪は見慣れた近所の風景を一変させ、静まり返った道と曲がり角はすべて、

『ナルニア物語』の世界に通じているかのよう。

そんな中を、息子のお古の長靴をがぽがぽさせ、上機嫌で歩きまわって帰宅、

すぐに湯船につかって体を温めるつもりでしたが、つい、(玄関前の雪だけでもどかしておかないと、

ドアが開かなくなるかも……)と、雪かきスコップを手にしたのが、決定的な間違い。


ぐっ、はぁぁぁ!!

かつて覚えのない激痛に見舞われ、吹き溜まりに倒れ込む私。

なにせ、深夜のこと。家族はみんな寝静まっています。

その場に瀕死のトドのように転がったまま、痛みをこらえつつ真っ白な空を見上げていると、

『自宅の庭で凍死!?』

という新聞の見出しが脳裏をよぎりました。

「都市部の人間が、いかに雪に弱いか」という例に、取り上げられちゃったりするんだろうなぁ――


運よくその想像は杞憂に終わり、物音に気づいた娘に助けられて、どうにか家の中に這い込むことが

できましたが、それからが大変で(何が、どう大変だったかについては、日を改めて書こうと思います)、

結局、一か月近くも寝込んでしまいました。


やっと起き上れるようになってからも、なかなか思うように歩けず、お花見すらお預けで、

ベランダから遠桜を眺めながら、落ち込む日々のなか、悪いことは重なるもので…


夫が体調不良で、近くのお医者さんに行ったところ、「特に異常ナシ」とのこと。

それでも、どうもおかしいというので、翌日、別の病院で診察を受けたら、異常ナシどころか、

すぐに手術しないと生命に関わると言われ、あれよあれよという間に、緊急オペに。

幸い手術も上手くいって、無事に退院することができましたが、

「加齢って怖い」と、夫婦そろって思い知らされた出来事でした。

思えば、一か月半ぶりに外界に出たのが、病院へ急ぐタクシーの中だったというのが、一番情けなかった。

部屋にこもってパソコンに向かうだけだったモグラ生活者の目には、

いつの間にか街を席巻していた新緑が、まぶしくてまぶしくて(笑)


とは言え、今年も小さな庭に来てくれた春。

今を盛りと、精いっぱい咲く花々を眺めていると、これから先はいいことがありそうな気がしてきます^^

毎年代わり映えしない写真ですが、ご覧になっていただけたら嬉しいです。



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まだ身辺が落ち着かないので、コメ欄を閉じさせていただいています。申し訳ありません。
それでは、また、お近いうちに…(^_^)/~



<追記>
いつも応援ありがとうございます。
なぜか私のプロフィールページが不具合を起こしていて、どなたが「いいね」をくださったのか、
表示されません(>_<)
フォローをいただいている皆様のブログにはこれからお伺いしたいと思っていますが、
万一、失礼がありましたらお許しください。どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m
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by mofu903 | 2014-04-20 15:45 | 日常
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社会人になりたてのころ、職場に訪ねてきた人との別れ際に、

「良いお年を!」と挨拶して爆笑されたことがある。

めったに顔を合わせない人なので、(もう年内には会うこともないだろうな)と、

私なりに気をきかせたつもりだったのだが、さすがに、11月半ばに、このセリフはなかったなぁと思う。


1月も11日になって、「明けましておめでとうございます」と、ここに綴る私。

30数年の歳月を経てなお、タイミングをはずすくせは治っていない。

深く頭を垂れて反省しているうちに、ふと、昨年のお正月に、

『今年の抱負は、タイミングを逃さないこと』などと、したり顔で書いたことがうっすら思い出されてきた。

くぅぅ、面目次第もございません。

今年もすでにダメ感満載ですが、午ならぬ牛の歩みながら、皆様のご訪問を励みに、

ブログを続けていけたらと思っています。

本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。



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去年も大掃除はスルーしてしまったが、相互関係の年賀状はスルーできず、年内ぎりぎりに投函した。

年賀状の束が、ポストにトスッと落ちた音と、最初の除夜の鐘の音が同時だった。

在原業平は、「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と詠んだが、

私は、「桜」を「賀状」に置き換えたい。

「世の中に絶えて賀状のなかりせば暮れの心はのどけからまし」である。

生来、ものをいただくのも差し上げるのも、同じくらい好きなのだが、こと年賀状に関しては、

いただく側に徹したいというのが本音だ。



年越しそばも食べたし、紅白もチラ見したような記憶があるのだが、

いつの間に去年が終わって今年になったのか。

年が改まっても、元旦を含む数日をどうやって過ごしていたのか。

そこらへんの記憶が曖昧模糊として、自分の脳内で何が起こっているのか突き詰めて考えると

空恐ろしくなってくるので、考えないようにしていた。


さっき、久しぶりにゆっくりお風呂につかった。

はぁぁぁ、とお腹の底から溜息をついたついでに、今更ではあるが、

過ぎ去った一年を振り返るために、つらつらと記憶の糸をたぐってみる。

たぐっているうちに、上半期のできごとがひとつも引っかかってこないことに気づき、驚愕のあまり、

がば、と湯船から身を起こした。


七月あたりからは、わりと鮮明に思い出せるのに、それ以前の記憶が欠けている。


よく、「記憶を無くして頭が真っ白」などというが、私の場合、何色もの色がちらちらしているというか……

色彩はあるのに、具体的なイメージがない、たとえれば、点描の抽象画。

真っ白より、もっとイヤな感じだ。


こういう時、日記を読み返せば、失われた記憶を取り戻すきっかけになるのかもしれない。

今年はまず、日記をつけることから初めてみようかなと、ちょっと思ったりしている。
(言うまでもなく、「ちょっと」と、「思っ『たり』」に、逃げ口上の役目を持たせています)



実際、手書きの日記をつけている人って、どのくらいいるのかしら。

どこの文具店でも、日記帳コーナーは年々縮小されていく。

その一方で、手帳コーナーが周囲を席巻していく。

大きさ、形、仕様、装丁、システム――いったい何種類あるんだろう!

この光景を目にするたびに、過去よりも、現在&未来を見据えて生きる人が増えたんだなぁと、

改めて感じさせられる。



このあいだ、家の本棚をあさっていたら、厚さ3センチはありそうな本(?)を見つけた。

立派な装丁だが、見覚えがない。

不審に思いつつ引っ張り出して、「5年日誌」と金字で御大層に型押しされた表紙を開くと、

母の字で、

「2000年1月1日。 今日から、21世紀。まことによろしきお正月で~(なんちゃらかんちゃら)」。

人の日記を読むのははばかられるが、ふと、あることが気になって、次のページをめくってみた。

予想通り、空白。

次も、次も……最後まで、ずーっと空白。

書いたのは一日だけ、つまり1827(閏年含む)分のいち?


なんでこんなん買ったんだろ……。






やっと、家の外回りのリフォームが完成しました。

ベランダ補修、雨どい交換、外壁塗装、ドアの交換(木製→スチールへ)などなど。

特にドアはひどかった。風雨にさらされて下のほうに穴が開き、それが徐々に大きくなって、

最近では子猫が潜れるくらいになっていました。

今年は、新しいドアから、福を呼び込めるといいなぁ(n´―`n)


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傾いた写真ですみません。もしかして、家自体が…いや、気のせいか(-∀-`;)
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冷蔵庫をのぞいたら、ドアポケットの卵は、たったの二個。

夕食のメインを、卵たっぷり(カニはちょっぴり)のカニ玉にしようと思ってたのに――

こういう時は、本当にがっくりくる。

肉を解凍している時間はないし……あー、やんぬるかな。やんなるわい。

こうなったら、芋で嵩を増やしてスペイン風オムレツにしようか、それとも…と考え込んでいたら、


「あの-、こんばんわぁー、」

だしぬけに背後で声が上がったので、息がとまるほど驚いた。


反射的に振り向くと、声の主は、すすっとあとずさった。

夫にしては珍しく機敏な動きだった。

私の形相にただならぬものを感じたのだろう。

にもかかわらず、夫は、めげずに繰りかえした。

「あの~……こんばんは、何でしょうか?」


夕飯の献立を聞いているのだ。



ちょっと前、とある報道番組のコーナーで、『夫の、ここが不満!!』という特集をやっていた。

主婦を、新婚の妻とベテラン妻に分けてアンケートを取り、

それぞれのランキング5位までを紹介するというものだ。


新妻組の第一位に輝いたのは、

『一緒にいられる時間が少なすぎる』という、私にとっては未知の不満だった。

これに対して、ベテラン妻組が不満とする第一位は、

『夕飯の献立を聞かれる』 だった。

これには、驚いた。

私と同じ考えの主婦が、そんなにたくさんいたなんて!


その日のゲストコメンテーターだった北斗晶さんも、この結果には、力強く賛同している。

「『なぜ、献立をいちいちあなた(夫)に教えなくてはならないのか。

目の前に出てくれば、わかるだろうに』 と思いますよね」 とおっしゃっていた。

実際は、元女子プロレスラーらしく、これより遥かにアグレッシブな言い方だったが。


「夕飯はなーに?」という、ごく単純な質問に、カチンと来たり、イラッとしたりするのは

大人げないとわかっているので、長年自分の胸ひとつに納めてきた。

こんなささいなことで腹を立てるおのれの器の小ささに、少々罪悪感もあった。

なので、今回、そんなに多数の同志がいたことを知って、救われた思いがしたのである。


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料理は、嫌いではない。

夫は出したものを文句を言わずに食べてくれるし、ご馳走さまの後に、

「おいしかったー」とそつ無く付け加える技量も持っている。

なのに何故、「夕飯は何?」に、イラついてしまうのだろうか。



材料や栄養バランスやお財布事情を考慮しながら献立を考え、

ときには時間に追われながら作った料理を、テーブルに並べ終えた時のホッとした気持ちは、

主婦のみなさんにはよくお分かりと思う。


逆に言えば、たいていの主婦は、毎日の食事作りを負担、とまでは言わないまでも、

さして気乗りもせずに、こなしていると思われる。

主婦仲間で旅行に行って、宿の食事を前にする時、決まって、

「この上げ膳据え膳が嬉しいのよね~」という話になるのも、それを裏付けている。


それでも、私たち主婦は、けなげに日々の食事を作り続ける。

家族が喜ぶものを食卓に供したいという思いで(たまには、そうじゃない場合もあるが)。


これらの手間・労力・気配りに比して、「夕飯、なーに?」は、あまりに能天気な気がする。

ましてや、ソファにだらんと寝そべって、テレビのリモコンを操作しながら、

上の空で尋ねる事柄ではなかろう。


さらに、タイミングも見計らってほしい。

一仕事終えて、やれやれと腰を伸ばし、淹れたてのコーヒーの香りを楽しんでいるところに、

夕飯云々……が出るとげっそりする。


あまつさえ、昼食を終えて箸をおいたばかりなのに、

「晩は何にするの?」なんて聞かれようものなら、北斗晶流に、

(てめーで考えな!)と、アグレッシブに吼えたくなる。

われら主婦のイライラの根源は、このへんにあるように思う。




いい機会なので、献立を聞かれるのは、実はあまり良い気分ではない、と夫に打ち明けた。


夫は、ぽかんとしている。

テレビで見た『不満ランキング』の話を引き合いに出すと、心底驚いたふうだった。

世の主婦たちがそんなことで気分を害していたとは思いもよらなかったそうだ。

なんだか可哀想になったので、

あなたに悪気がないことは分かっている、しかし、私の精神衛生のために、

今後はできるだけこの質問をひかえてもらいたい、と、

要約すればそんなことを、つとめて穏便に申し入れた。




かくて、この問題は解決したか?





いや、しなかった。

夫は相変わらず、この問いを投げかけてくる。

以前のように単刀直入には聞いてこないが、むしろ事態は悪化したと言える。



夕食の一時間前。

市役所の五時のチャイムが鳴り響くころ、背中にそわそわした気配を感じる。

無視して雑誌などめくっていると、いつの間にか夫が傍らに立っている。


遠慮がちな笑みを浮かべて、

「あのぅ、こんなこと聞いたら、また怒られるかもしれないんですが……

別に、せかしているわけではないんですが……今晩の、めぬーはなんでしょうか?」





ぐわぁぁぁぁ、ええ加減にしてくれー!
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ホームで電車を待っている間のできごとである。

「おでこに皺が出てるよ

何の気なしに娘に言い、言い終わってから、げ、と思った。

言おうとしたのと全く違う言葉が、口から勝手に出ていたからだ。

娘のおでこは、たまにニキビははできるものの、うらやましいほどつるっとしている。

本当は、「鼻の頭に汗かいてるよ(拭いたら?)」というつもりだったのに。


最近、自分の身に頻繁に起きている脳の誤作動を、すべて暑さのせいにして済ませてきたが、

そうもいかなくなってきた。



思ってもいないことが口から出るようになったら、症状はかなり進んでいるのでは?

いや、すでに末期症状かもしれない。

脳の衰えうんぬん以前に、こういうことが頻発するようになったら、生活全般に支障が出てしまう。



「おでこにしわ」発言は、相手がわが娘だったから、

「うへー、またおかしなこと言い出した」で済ませてくれるが、他人さまだったらこうはいかない。


わけを話せば、その場は笑って納めてくれるだろう。

だが、いきなり「でこに皺」と言われたことは、当分忘れられないと思う。

「私のおでこの皺がよほど目立っていたから、思わず言い間違ったんじゃないかしら……」

などと深読みされかねない。(私だったら、する。)

無意識の舌禍が重なって、せっかくの(数少ない)良好な関係が崩れてしまっては、取り返しがつかない。



思っていることと言ってることが違うというのは、特別に二枚舌の人でなくても、

おつきあいの上では、よくあることだ。

内心では、

(なんてちょこまか動くんだろ。頼むから、そのチョコがついた手で触らんでくれよ)

と思っていても、

「あらまぁ、活発な坊ちゃんですわねぇ」とか、

家庭菜園で採れたという普通の四倍もあるキュウリを、これでもかとばかりいただいて、

(こんなお化けキュウリの山、冷蔵庫に入んないよぅ)と困惑しても、

「見事ですね~第一、無農薬だし~」

とか言っている、しかし、こういったケースは、自分で意図してしゃべっているのだから、問題はない。



たとえば、

「同じウリ科なら、キュウリじゃなくて、高級メロンがほしい」とか、

「私の好物は、実は、水蜜桃なんです」とか、

まったく、ぜんぜん、爪の先ほども思っていないことを、口が勝手にしゃべり始め、

それを真に受けた人が、本当にメロンや水蜜桃をもってきてくれたような場合が、問題なのだ。

万一、そんな事態になったら申し訳ないので、いつだって気が抜けないのだ。




ネットの『認知症チェック』も、やってみることにした。

一応、引っかからずにすんだが、「でこしわ事件」のことがあるので、

相変わらず自分の脳を信じ切ることができないのだった。



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ちょっと前に、数名のドクターがタレントの健康チェックをするという番組を見ていたところ、

一日たりともアルコールを控えられないという女優さんが、ゲスト出演していた。

まだ三十代前半のお歳だが、意識があやふやになるときがあるそうで、内臓チェックのほかに、

簡単な認知症チェックを受けていた。

それは、『十時十分を指した時計の絵を描く』というものだった。



「こりゃ、いいや」

と、私もメモ用紙を引き寄せる。

ぐるりと円を描いたところで、思考が一瞬停止したが、中心点を決めればいいんだと気づいたあとは、

数字と、短針長針を、スムーズに描き終えることができた。



テレビ画面に視線を戻すと、その女優さんは、かなり混乱している様子だった。

手にしたボードにマジックで円を描いてから、なんとその縁に沿って、

数字を時計回りに1から24(もっとだったかもしれない)まで書き込み始めたではないか。

数字どうしの間隔もばらばらだ。

その場にいた司会者もゲストも、見ていた私も、絶句した。

「ああ、この人は、もう……」と思ったのだが、ドクターは、『正常』という診断を下した。

その診断にはもっとびっくりしたが、一方では、希望も生まれた。

彼女には悪いが、あそこまでヤバくても、なんとかなるものらしい。



これに気を良くした私は、このテストにバリエーションをつけて実行することにした。


それ、12時5分!」とか、「ホイ、8時15分前!」とか自分に出題しては、

短針と長針にみたてた両腕を振り上げ、振り下ろし、できるだけ俊敏にその角度を示すことで、

ときどきもやもやと湧いてくる頭の霧を追い払うのだ。



最近は、「第三者が時計を見た場合」の、ミラーバージョンも難なくできるようになって、

ちょっと胸をなでおろしている。


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最近、暇さえあれば、電卓を叩いている。


「臨時収入がごっそり入って、資産運用に余念がない」などという羽振りのいい話ではない。

イングリッシュマフィン一個が144キロカロリー。

マーマレードがスプーン一杯で36キロカロリー。

ヨーグルトが100グラム……えーと?

というように、私は現在、本気のダイエット中なのだ。


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57キロという、かつてなかった高数値を私がたたき出したのは、

めりはりのない食生活+運動不足、

つまり肥満に至る王道を、「あ~はははは」と、いいご機嫌で突っ走った結果である。

ヘルスメーターを洗面台の奥に押し込んでいたツケが、ここにきてドーンと回ってくるとは。



(ヘルスメーターで思い出した。母ときたら、『○○さんは、心臓にヘルスメーターが入ってるんですって』 などと、もっともらしく人に話すものだから、そのたびに横から、
『ペースメーカー!』と訂正しなくてはならない(・ω・`))





話を、私の体重にもどすと……

初めは、「そこまで、スタイルうんぬん言わなくてもさー。だって、もうおばさんだし、ね?」と、

それほど真剣に受け止めていなかった。

しかし、5キロ近く太り、サイズが一号アップして、

去年の夏服が入らないという事実に直面したからには、さすがに手をこまねいてはいられなくなった。



今は一日の摂取量を1200キロカロリーに抑えているので、

一食でも焼肉やカツ丼などの高カロリー食品を摂ってしまうと、残り二食を質素にせざるをえない。

もちろん、大好きなおやつの余地はない。


イヤだよ~つらいよ~。゚(PД`q*)゚。


しかし、積極的に体を動かして痩せるのは、もっとつらいだろう。

だから、こちらからジョギングや筋トレなどの攻勢にはでないが、荒ぶる食欲に服従もしないという、

非暴力・非服従(違)の、偉大なガンジー師にならった姿勢を貫くことにした。

それに、超スリムなガンジーの姿を脳裏に描けば、

痩身パワーがダイレクトに伝わってくるような気もするし。

実際、ガンジー法で、2週間で2キロ減。

目標は、あとマイナス3キロ。

おやつ抜きの生活にどこまで耐えられるか、すでに自信は揺らぎ始めているが、

去年買ったワンピ(夏もの一掃バーゲンだったので、まだ袖を通していない)を着るためにも、

頑張らねば!! 


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「ジャレットって、やっぱり、本物のばかだったんだ~」

と思われるに決まってるので口外したことはないが、実は、ずっと胸にくすぶり続けている疑問がある。



痩せた場合、体についていた肉はどこに行っちゃうの?

五キロ痩せたとしたら、米袋ひとつぶんよ?


そりゃ、燃焼したにきまってるでしょ、と、みなさんは口々に仰るに違いない。

そう言われても、燃焼の仕組みそのものがわかっていない私には、ピンと来ないのだ。

ネットで、『燃焼、原理』とキーワードを入れて検索してみたが、ほしい情報は得られなかった。

小学校の授業をさぼっていたのがいけなかったんだ、と気づいて、

今度は、『ものが燃えるということ、理科、教えて、小学生』と入れたが、これもノーヒット。


たとえば、ろうそくが燃えて、無くなってしまうのは、わかる。

しかし、私の貧困な科学の知識では、燃える=炎 と、即、結び付いているから、

目に見えないところで体脂肪がめらめらと燃えているところが、まず想像できない。

燃えてエネルギーになっているんだよ、と言われれば、根が素直な私のこと、はぁ、そうですかと頷くが、

それでも、頭の芯では、痩せた分はどこに行っちゃったのよ、という疑問が解けることはない。

この現象、私にとっては、まさにイリュージョンなのだ。




今日のお昼は、おつきあいでこってりした中華料理を食べてしまったので、

夕食は納豆ごはんと、こんにゃく・わかめの酢味噌和え。

食べた気がしないけど、しょうがない。


明日の朝食のバナナトースト(246キロカロリー)を心の支えに(つω-`)…おやすみなさい。




******

こちらのバナナトーストのレシピは、すごくおいしいですよ。おすすめです(n´―`n)
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一年ぶりに箱根に行って、温泉に浸かってきた。

今回も娘と一緒だったが、
観光客の大半が訪れる「ガラスの森美術館」と「星の王子さまミュージアム」は 去年行ったので
いつにもましてフットワークの重い、ひたすら温泉目当ての旅になった。

この前はバスで山道を登り、仙石原温泉に泊まったのだが、ここの濁り湯に朝晩二回ずつ、
計六回入ったら、その後一年間、持病の腰痛にほとんど悩まされずに過ごすことができた。

100%温泉パワーのおかげというわけではないだろうが、湯治の成果は侮れないと知った。




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今回は、湯本駅から歩いて15分ほどのリゾートホテル・天成園に泊まった。

チェックイン時に、女性は、五種の色柄の浴衣から、好みのものを選ぶことができる。

以前、このサービスを初めて採り入れた某旅館が、テレビで紹介されていたのを見たことがある。
「女性のお客様に、とても喜ばれております」という女将の言葉に、
「はーん、確かに若い子はこういうサービスが好きかもね。
おばさんは、宿で着る浴衣なんて、何でもいいけどさ」と、冷めた目で見ていたのだが――

いざ、そのサービスを受ける時になったら、若い子(わが娘)を押しのけ、
率先して浴衣を選んでいる自分がいた。


さすがにピンクのバラはNGよね…黄色は子供っぽいし…でも、紺じゃ落ち着きすぎかも…。

結局、藤色に撫子の柄を選んだのだが、
ほかの人がローズ色の浴衣を素敵に着こなしているのを見たら、取り替えてもらいたくなった。
「ふん、浴衣ごときで」などと、鼻で笑っていた自分を反省。

この程度の、「ちょっとだけ非日常」が、女は嬉しいんだなーと、実感した。



売店に行こうと部屋を出て、エレベーターに乗ったら、途中から乗り込んできた人たちがみんな、
紬ふうの半纏を着ているのに気付いた。

(あら、浴衣に羽織る半纏も、二種類あったんだわ)

私のは、サテンのような妙に光沢のある生地でできている。
どっちも同じような色だし、今度は特に、「あっちのほうがいい」とも思わなかったが、
ただ、私みたいにテカった半纏を着ている人がひとりもいないのが不思議だった。

缶コーヒーを買い、部屋にもどって半纏を脱いだとたん、雷に打たれたようにすべてを理解した。



裏返しだった…。




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それにしても、温泉はいい。

ぬるめの露天風呂につかって、滴るような新緑の山と向き合う。
陽は刻々と傾いて、風が冷たくなってくる。
そろそろ出ようかな、いや、もう少し、とだらだら迷っていられる、この贅沢。
浮世を忘れるとは、まさにこのことだろう。

お湯につかって目を細め、ぬほぉぉ~んと鼻の穴を広げていたカピバラたちの映像が、
脳裏に浮かんでくる。

私の顔も、さぞかし緩んでいたのだろう。
洗い場で、石鹸の泡で顔をこすりながら鏡を見たら、鼻の穴(生まれつき完璧な円に近い)が、
カピバラ並みにぬほぉ~んと一回り広がっている。

そこに石鹸の膜が張り、更に、鼻息によってシャボン玉ができかかっているではないか。

(おお、なんと珍しい光景であろうか!)

隣でシャワーを浴びている娘に、「見て、見て!」と喜々として声をかけたとたん、
パチッと割れてしまった。



その後、家で顔を洗うたびに、ことさら石鹸を泡立て、再び同じ現象が起きるかどうか試しているのだが、
いまだ成功していない。



やっぱり、ぬほぉぉ~んは大事だ。
ハナシャボンだけじゃなくて、人生全般において(b・ω・d)



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ホテルの庭の続き^^
赤いのぼりが立っているあたりに、玉簾(たまだれ)神社の鳥居があります。
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裏山の石段を上ると、縁結びのお社。娘は早速、良縁祈願(笑)
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ほらほら、ホテルの池には鯉(恋?)がいっぱいよっ(´m`)
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なかなか更新ができませんが、おいでくださる皆様、本当にありがとうございます。
これからも月3~4のゆるいペースでやって行けたらと思っております。

別館 で連載していた『夢見の鳥』は完結いたしました。
こちらもお立ち寄りいただければ嬉しいです(^ω^)

                                                       
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