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 若いころ、よく訪ねて行った家がある。
「目黒のおばさま」と呼んで親しんでいたE夫人のお宅だ。


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E夫人は六十半ばを過ぎても若々しく、小麦色の肌の、すらりと背の高い人だった。
ガーデニングが趣味というだけに、おじゃましたときはいつも、
広々した庭に何種類もの薔薇をはじめ、懐かしい花、珍しい花が色鮮やかに咲き誇っていた。

 ある年のちょうど今ごろ訪問すると、冬に向かう庭はすっかり整理されて、
からんとした明るさを湛えていた。
庭仕事用のエプロンをして、剪定ばさみを手にしたE夫人は、
「さっき、ハニーサックルの蔓を下ろしたところです」と仰った。

「お花がなくなって寂しくなりましたね」と感想をもらすと、
小さく笑い、言い聞かせるようなやや強い口調になって、

「ジャレットさん、これが『冬の庭』というものなのよ」
 
確かに、手入れの行き届いた枯れ色の庭には、静謐な美しさがあふれていた。

 はたちを過ぎたばかりの私は、その言葉にうわべだけ納得し、
そのまま聞き流してしまったが……


 お子さんがいなかったE夫人は、それから間もなくご主人に先立たれ、
単身住み慣れたスペインに戻り、彼の地で亡くなった。

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 めっきり色数の減ったわが家の小さな庭にも、琥珀色の日ざしが一面にふりそそいでいる。
葉を落とし尽くした木々、枯れはじめた芝、日だまりに落ちるもみの木の影。

 華やかで心躍るような美しさはなくても、簡素で穏やかなたたずまいに向き合っていると、
心が洗われていくようだ。
 
 しかし、11月も末になると、陽の移ろいは驚くほど早い。
風が沁みるように冷たくなり、あたりはにわかに灰色を帯びて、人をたじろがせる。

「これが『冬の庭』というものなのよ」

あの時の、E夫人の毅然とした声が耳元によみがえる。




*     *     *     *     *     *     *     *



 何回かに分けて球根類の植え付けをしていましたが、
今日は色お任せのお徳用チューリップ40球を植えて、今年の植え付けを終えました。
穴を掘って球根を並べ、土をかけるだけですが、
最後に土の表面をとんとんと叩いてあげるのがコツと、勝手に思っています(笑)
愛情をこめて、たとえば子供を寝かしつける要領で。

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 ここに埋めた球根が鮮やかな花を咲かせる日が来ると思えば、
長い冬の間、寒さに倦んだ心がぽっと明るくなるというわけです。
土の中に眠る球根に、毎年、春待ちの心を託します。


今年のビオラはこんなライナップ♪ 


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植え場所が限られているので沢山は買えず、売り場で迷うこと迷うこと(^_^;)
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by mofu903 | 2011-11-26 11:43 | 人物
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満開の百日紅が乾いた道に影を落とし、
降りしきる蝉の声が耳底に沁み入るような昼下がり。
今年もまた、ひと夏だけの遊び相手を思い出す。

私が小学校に入る前の年、父が突然、転居を思い立った。
私たち家族は住み慣れた家を引き払い、新しい家が決まるまでの間、
仮住まいをすることになった。
すぐ隣のアパートに、島さんという女の人が住んでいた。
彼女は、初対面の私の手を引いて自分の部屋に連れて行き、
濃すぎるカルピスを作って飲ませてくれた。
近所に遊び友達のいなかった私は、やはり友達がいないらしい島さんと仲良しになった。



ある日、二階の窓から顔を出した島さんがおいでおいでをするので行ってみると、
英語が書いてある小さい箱を目の前で振って見せた。
それ、なあに、と聞くと、得意そうな顔で、あててごらんという。
英語のほかに、きれいな花型に盛りあがった、赤い宝石みたいなものがお皿に載っている絵が描いてあった。
裏面のシールのカタカナ文字を、「ぜ・ら・い・す」と読むと、
「ゼライスじゃないよ。ジェラーイス」と「ラ」のところを舌を丸めて長く引っ張りながら言った。
島さんがアメリカ人みたいに見えた。
そう言ったら、
「そうよ、基地にいるアメリカ人にもらったんだから。チビちゃん、あんた、食べたことある?」
「ううん」
「おいしいよぉ。作ってあげるからおやつになったら遊びにおいで」


 それから何時間かの待ち遠しかったこと。
やっと母の許しをもらってかけつけると、島さんは、ニヤッと笑って、
お皿にのせたジェラーイスをうやうやしく私の前に置いた。
でこぼこが無くて、つるっと丸くて、赤いおまんじゅうみたいだった。
「どうして、さっきの絵みたいに、お花の形じゃないの?」

 島さんは、「お湯呑みでつくったからね。イヤなら、食べなくてけっこう」
と、ちょっとすねた声で言った。
でも、ジェラーイスは、よく母が言っていた『身体に悪そう』な、薬臭いイチゴの味がして、すごく美味しいと思った。


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部屋の扇風機がきかないくらい暑い日は、二人で井戸端にたらいを持ち出して水遊びをする。
島さんは、長い爪の「まにきゃー」がはがれないように用心しいしい、
水鉄砲のゴム栓をはずして水を入れてくれる、

陰で大人たちが話している「オメカケサン」という言葉の意味が知りたくてたまらなかったが、
なぜか誰かに聞いたり、話したりしてはいけないような気がした。


私達一家が引っ越す日、島さんは留守だった。
島さんがいないことが、ひどく理不尽に思えた。
どうしていないのか、周りの大人たちに聞いても、教えてもらえなかったような記憶があるが、
私が忘れてしまっただけだろうか。

私たちの愛用の水鉄砲が井戸端にあった。
私は、それを島さんに置いていくと言い張った。
「水鉄砲がないと、島さん、困るもの」
でも本当は、大人たちが言うように、あの人はもう水遊びをすることはないだろうな、と
なんとなく分かっていた。


今でもたまに、さよならを言えなかった島さんのことを、心の中で探している時がある。
そして、6歳だった自分のことも。



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by mofu903 | 2011-08-27 08:56 | 人物
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『長いお別れ』という、ハードボイルドの定番小説がある。

レイモンド・チャンドラー作、主人公はフィリップ・マーロウ、ニヒルな私立探偵だ。
[男はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きて行く資格がない]
という、彼の名セリフを、どこかで聞いたことがある方も、おいでかと思う。

『長いお別れ』では、彼はこう言っている。
「さよならをいうのは、わずかのあいだ死ぬことだ」
たとえば、夫がこう言ったとしたら(絶対に言いっこないが)、
彼の瞳孔が開きっぱなしになってないかどうか確かめなくてはならない。
 これは、マーロウだからこそ許されるセリフなのだ。


ハードボイルドな生き方に憬れてはいても、
私自身は「よっこらしょ」が口癖の普通のおばさんなので、駅ビルで買い物をしたときは、
キャディラックやオールズモビルではなく、路線バスに乗る。
今日もターミナルに停車中のバスに乗ったが、発車までかなり時間があった。
座席に腰かけて所在なく出発を待っていると、
はたちくらいの男の子が軽快な足取りで乗りこんできた。
ステップに立って、舗道に満面の笑みを向けている理由は、
そこで、ミルクコーヒー色の肩をした、キャミソールの女の子が
「バイバイ」と可愛く手を振っているからだ。


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二言三言のやりとりのあと、彼女はニコッとして、もう一度、
「じゃあねー」と手を上げる。
彼氏もいったんは手を振り返したものの、何か重大なことを思い出したらしい。
スカートを翻して踵をかえした彼女の背中に、「あのさー!」と呼びかけた。

 振り向いた彼女が戻って来て、ふたりはまた楽しげにひとしきり。

 これを繰り返し繰り返し、
結局二人はバスが出るまでに四、五回は「バイバイ」を言い合った!

 恋人達よ、いっそのこと「さよならは、いつも五回」と決めてしまったらどうだろう。
一生分のさよならを、そうやって使い切ってしまうのも、いいんじゃないかな――

と、買い物袋を両腕に抱え込んだおばさんは、胸の内でハードボイルド風に呟いてみた。
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by mofu903 | 2011-08-04 21:38 | 人物
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 みどり滴るケヤキの下で、少年がふたり、火がついたように言い争っている。
ランドセルをしょっているから、下校途中だろう。

 「おまえなんか、勝手にすれば!」

 一方が捨てゼリフを吐くなり、相手には目もくれず、決然とした足取りで歩き出した。
よほど腹にすえかねることがあったらしく、
こっちに向かって歩いてくるその子のおでこもほっぺたも、湯にのぼせたように赤い。
口元は、への字に引き結ばれている。

 
置いてきぼりにされたほうはというと、
半ズボンのポケットに手を突っ込んであとからのそのそついて来たが、
徐々にスピードを上げ、いかにもさりげない様子で、また、連れと並んだ。


  かつて男子小学生の母だった身には、この後のなりゆきが、なんとなく気にかかる。
二人のむっつり顔とすれ違ったあとも、そっと振り返って見ていると、
あとから追いついたほうがいきなり口笛を吹き始めたので、おや、と思った。
 聞き覚えのあるメロディー。TVアニメのテーマソングだったかしら。
すると、あんなに怒っていたもう一人の子も!
 
調子っぱずれの口笛は、すぐにそろった。
口笛を吹きつつ、何事もなかったかのように肩を並べて去って行く後ろすがた。
西部劇のワンシーンみたい、と思ったとたん、おかしさがこみ上げた。


 女に生まれたことに、95%は満足している私だが、たまにこんな光景に出くわすと、
残り5%が、ちょっと疼く。

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by mofu903 | 2011-05-16 09:53 | 人物
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郷里に帰るひまがなかったので、分骨してある都内の墓所で、身内の法事をした。

 お墓は、大手葬祭社が管理している墓地にある。
その会社にお願いすると、宗派に合ったお坊さんを紹介してくれるシステムだ。


 時おり、小雨がぱらつく中、墓前に集まって今か今かと待ちわびている一同の前に、
墓地のメインストリートをかなりのスピードで飛ばしてきた四輪駆動車が、豪快に止まった。 

年の頃二十七、八の、背の高いお坊さんが颯爽と降り立つなり、傘をバッと開く。
ぎょっとした。
ド派手なゴルフ用パラソルではないか。
さらに、このあとのスケジュールを気にされたのか、腕時計をチラリ。
衣の袖口からのぞいたのは、目盛だらけのダイバーズウォッチ。
 
思わず視線を飛ばして、車のルーフにサーフボードが乗っちゃいないかと、確かめる夫と私。

 「いやー、連休だから道が混んじゃって!」
こんがり日焼け顔で悪びれずにおっしゃる。

 こんなレジャー坊さんも年寄りには有難く見えるらしく、
親戚のおばちゃんは、読経の間中、紅白のピューマが駆け回っているパラソルを、
背後からさしかけてあげていた。
 
 終わってお布施を差し出すと、またも爽やかに「お預かりします!」


 お預けしたお布施の行方に、興味しんしんである。
人間だもの(笑)


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by mofu903 | 2011-05-05 19:45 | 人物
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中央公園には池が三ヶ所あって、そこから流れ出す水が浅いせせらぎとなって、
広い園内をめぐっている。

 小道を歩いていると、しゃがんでせせらぎをのぞきこんでいるお嬢さんがいた。
学生さんだろうか。
野次馬根性が旺盛なもので、ついつられてのぞいてみると、
長い紐状のゼリー質の物体が、落ち葉のしがらみに引っかかって揺れている。
透明な紐の中には、なにかの種のような黒い粒がびっしり。

 小学校の理科の教科書で見たことがあった。
蛙の卵かしら?とつぶやくと、
お嬢さんが、
「むこうの池から流されて来ちゃったみたいです」
と教えてくれた。
「向こうの、って、日本庭園の池ですか?」
「ええ、ここじゃ流れが速すぎて、孵化できないかも。
 もとの場所に返してあげたいけど…」

 頼りなげなゼリーの紐は、細いくせに結構な長さがある。
思いついて、ポケットの中…じゃなくてマイバッグの中を探ると、
あった、あった、おばさんの必携、レジぶくろ~。
「これ、どうでしょう?」
差し出すと、彼女の顔がぱっとかがやいた。
「いいんですか?」
「どうぞ、どうぞ」

 身をかがめてレジ袋を浸し、できればさわりたくないような物体を器用にすくい上げると、
「ありがとうございました、池に返してきます!」
ポニーテールをはずませて、颯爽と去って行った姿は、かっこよかった。

千匹のオタマジャクシの救世主に、祝福あれ!



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みなさんのブログに素敵なお花の写真がアップされているので、私もちょっとまねっこ。

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ナチュラル・ガーデンが好き…なんて、平たく言えば、植えっぱなしの蒔きっぱなしです(^_^;)

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今年は、あちこちでネモフィラが良く咲いています。爽やかなブルーでしょう?

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ミルクピッチャーにさしてみました。
デスクには、このくらいのミニサイズがじゃまにならなくていいみたい(^^)
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by mofu903 | 2011-04-15 19:56 | 人物
   電車を乗り換えて二駅。
 さらに少し足を伸ばすと、樹木の多い広々とした公園がある。
季節の移り変わりを実感できる、私の大好きな場所だ。

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公園のシンボルツリーともいえるプラタナスの大樹の下に、
イーゼルを立ててキャンバスに向かう老婦人の姿があった。
 乾かすためか、描きかけの絵も数枚、足元の芝生に置かれている。
そのタッチの瑞々しさに思わず足を止め、
「拝見していいですか」
と声をかけると、
「下手ですけれど、よかったら」
と恥ずかしそうにおっしゃる。

 枝を行き来する小鳥のように敏捷な筆の動きに見とれているうちに、
婦人はぽつぽつと語り始めた。

 銀婚の記念に訪れたウィーンの秋が素晴らしかったこと。
 写真が上手だったご主人のすすめで絵を描き始めたこと。
 今は亡きご主人に見てもらう気持ちで描き続けていること。

 さらに婦人は柔和な笑顔で、
「ここへは、孫が連れてきてくれるんです。でも、来年も来られるかは、わかりません。
そろそろ八十になりますので」
 こんなふうに歳を重ねられたら、どんなにいいだろう。
晩秋の穏やかな日ざしと、梢を渡る風の音が心地よかった。

  家に帰り、ジャケットを脱ごうとして気がついた。
袖に絵の具がついている。いつの間についたのかしら? 油絵の具だから、たぶん落ちないな…。
 散歩にも街着にも重宝している<お気に入り>だったが、残念には思わなかった。
来年、この季節が来て、またこれを着る。
レンガ色の染みを見つけて、今日の出会いを思い出す自分を想像したら、
ちょっと楽しくなったからだ。




この出来事のあらましをノートの端っこに書きとめた日から、もう四度目の秋が過ぎようとしている。
 私はそのジャケットを、まだ愛用している。
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by mofu903 | 2010-11-18 23:53 | 人物
   友人のRちゃんは老人福祉施設で介護の仕事をしている。
溌剌とした美人なので、男女を問わずに人気がある。

 そんな彼女が、デイサービス利用者の、
とあるおじいさんに殊のほか気に入られたらしい。

 おじいさんは八十過ぎの実直そうな人だが、
Rちゃんの姿を認めると、普段の厳しい表情から一転、
ニコニコと実にいい笑顔になるそうだ。

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 ただ、困ったことに、彼女を自分のガールフレンドだと思い込んでいる様子で、
お世話をするためにそばに行くと、手を握って離さない。
 ぼんやりしている時間が多いお年寄りのこと、
それが少しでも気晴らしになってくれればと、
なるべくお付き合いしているという。

「でもね、最初は偶然だと思ってたんだけど……」とRちゃん。

 デイサービスを終えて帰宅する送迎バスの中でも、彼女の手をずっと握っているおじいさん、
バスが自宅近くにさしかかると、絶妙としか思えないタイミングで、
サッと手を引っ込める――。

なぜなら、家の前におばあさんが迎えに出ているから。

このおじいさんを、「達人」とお呼びしたい。
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by mofu903 | 2010-11-08 21:40 | 人物
秋薔薇のシーズンがやってきた。
春咲きほどの華やかさはないが、
色は沁み入るように濃くなり、形は引き締まって、凛とした風情が加わる。 

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 この季節になると、思い出す人がいる。
わが家の庭づくりを頼んだ、植木屋の親方だ。
 五十年の経験を積んだベテランで、
「植木のことなら、なんでも聞きな」と、
ささいなことも一つ一つ相談に乗ってくれ、
こちらの注文通りの庭を作ってくれた。

仕上げに、門のあたりに薔薇の苗を植えてほしい、と頼んだ。
 淡いピンク、というのが私の希望だった。
「けど、ここは赤だね」と言下に言われたが、
ロマンチックなピンクの薔薇にあこがれていた私は譲らなかった。

 結局親方が折れて、「そんじゃ、まあ、そうするか」と頷いてくれたが、
 翌春、開いたのは真っ赤な薔薇。
 あらら、と思ったが、これが予想外に入り口の雰囲気に溶け込んで、
見れば見るほど気に入ってしまった。

 それから何年も、薔薇は枝がしなうほど花をつけ、
門を出入りする私たちの目を楽しませてくれた。

 残念なことに、親方はもう、この世にいない。
 薔薇の色は単なる手違いだったのか、それともやはり、計算ずくだったのか、
とうとう聞けずじまいだった。
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by mofu903 | 2010-10-21 14:02 | 人物
 私が通っていた幼稚園はキリスト教だった。

園児たちが、シスターからキリスト聖誕の話を聞かされていた時のこと。
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「イエス様はお生まれになった時、普通の赤ちゃんと違って、光り輝いていらっしゃいました」

「え~っ、すごーい!」

口々に感嘆の声を上げる私たち。

その時、何を思ったか、すみれ組で一番おてんばなサキちゃんが

「はいっ」と手を上げた。


「あたしも、うまれたとき、ひかってた」



「嘘はいけません」

シスターが穏やかに嗜めた。

しかし、サキちゃんは負けない。

「ほんとだもん。ひかってたもん」

「嘘はいけません!」

シスターの声が、高くなった。

「ほんとだってば!」



頑として言い張るうちに、とうとう隣のお道具部屋に押し込められてしまった。

「皆さん、神様がサキちゃんを良い子にして下さるようにお祈りしましょう」

シスターの言葉に、私達は小さな手を組み合わせ、声をそろえた。

「サキちゃんをよいこにしてください、アーメン」


しかし、なぜか祈りは聞き届けられず、

「こっから出せー、バカー、あほ! ドシン、バタン、ガシャン!」



オニのような奮闘は、シスターが根負けして戸を開けるまで、続いたのだった。
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by mofu903 | 2010-09-19 14:07 | 人物