ほたるのお墓

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このあいだ、ちょっと面白いことがあった。

事の起こりは、母の句集が出たので、友人たちが出版祝いの席を設けて下さったことにある。

母の、ほたるを詠んだ数句が、句会でそれなりの評価を受けたことを覚えていてくれた

友人の心くばりで、会場はほたる狩りを売り物にしている郊外の料亭に決まった。

ほたる狩りといっても、当節のことなので、照明を落とした部屋の中にほたるを放ち、

鑑賞する趣向である。


宴が終盤になるころ、灯りが消えた。

雨音だけが響く文目も知れない真の闇の中を、青白い光が三つほど、明滅しつつ

ゆらゆらと飛び交った。

大正生まれの母にとって、その光景はさほど珍しいものではなかったが、

年若い人たちの中には、初めてほたるを見る人も多く、いっせいに感嘆の声が上がったという。


ここまでは、その夜、遅く帰ってきた母から聞いた話だ。


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さて、翌日のこと。

いそいそと近寄ってきた母が言うには、

部屋に何か落ちていたので、拾おうとしたら、それがなんと、ほたるの死骸だったと。

「どう考えても、夕べのほたるに違いないけど、どうやって私についてきたのか、

不思議でしょうがないの」

そう聞かされたときは、正直、また母のお得意の勘違いで、てっきりほかの虫、

たとえばコメツキムシかなにかと間違えているんだろうと思った。

ところが、母が開いて見せた掌の中の虫は、図鑑で見るほたるそのもの。

実物を見せられたら、異論を挟む余地もない。


「帰りは雨除けのコートを着ていたし、バッグにだってとまるところはないはずだし…」

ほたるが乱舞しているような棲息地に行ったならまだしも、今回はたった数匹、

しかも、料亭から家までは、バス、電車、タクシーと乗りついで、小一時間の行程だ。

「ほたるは、その間、どこにいたのかしら?」

ここにきて、私にも、ようやく母の感じている不思議が伝わってきた。



 「『火垂るの墓』っていう小説があったでしょう?これはその話とは違うけど、

私と縁があって家までついて来てくれたのだろうから、お墓を作ってやりたいの」

と言うので、庭の草深い一隅に、浅い穴を掘ってあげた。


母はそこに、体長2センチにも満たないほたるを葬り、墓標代わりの石を置いて、手を合わせた。

寝ても覚めても、俳句が頭から離れない人だけに、よほど感慨深い出来事だったのだろう。

ほたるがついてきた経緯については、論理的な解釈もできそうだが(例えばほたるは既に死んでいて、

その死骸がもののはずみで、たまたま…ケホン、ケホン)、ここはあまり詮索せずに、

「俳句の神様の粋ないたずら」と、受け取っておくのがいいのだろう。

どちらにしろ、お墓に眠っているほたる、そうはいないと思う。
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by mofu903 | 2015-07-08 18:10 | 不思議