とうもろこしの姉様

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「あなたが生まれたのは、どんな家?」

こう聞かれたら、

「とにかくお客の多い家だったわ。毎日、誰かしら出入りしてたのよ」

と、答えるだろう。


その来客の大半は、父の職業上、(食欲旺盛な)若い人たちだった。

時折、客間でどっと笑い声が上がるのを聞きながら、幼い私は、

お勝手のひんやりした床に座っていることが多かった。

そこで、彼らの食欲を満たすおやつをこしらえている祖母の、

ゆったりした動きを見ているのが好きだったから。


味噌をなすって、ちょっと焙ったおむすびや、ゴマをたっぷり振った大学芋。

夏場のおやつとして特に喜ばれたのは、大鍋で茹で上げるとうもろこしだった。

幼い私にできるお手伝いは限られていたが、この時ばかりは、

たくさんのとうもろこしを剥く役目を仰せつかって、大喜びで請け負ったものだ。



青々とした外皮を、わしわしと剥ぎ取る。

幾重にも重なった皮は、内側に向かうほど白っぽく柔らかくなり、最後の薄皮をはらりとめくると、

むっちり太ったクリーム色の粒々が並んでいる。

もしゃもしゃの毛の房を取るのも面白かった。



遊び半分のお手伝いが終わったあとには、もっとわくわくすることが待っていた。

剥いた皮は捨てずに取っておいて、祖母に姉様人形を作ってもらうのだ。



細かく縦皺が入った薄皮は、しなやかで、まるでクレープ紙のようだ。

捨ててしまうにはもったいない――そんな風に考えた人が、人形作りを考案したのだろう。

明治生まれの祖母が、その作り方を誰に教わったのか、聞いておけばよかったと思う。



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祖母の膝もと近く寝そべって、器用に動く指先を、まじろぎもせずに見守る。

出来上がりが楽しみなのはもちろん、皺が寄ってシミの浮いた手が、

皮をよりわけたり、細く裂いたりくるんだり、

くるくると糸を巻きつけたりするのを見ているのは心地よかった。


誕生日に買ってもらったバービーちゃんに比べたら、

とうもろこしの姉様人形は、あまりに地味で素朴だったけれど、

大好きなおばあちゃんの手作りだったから、

「はい、お待ち遠さん」と手渡された時の嬉しさは、格別だった。




こうして、とりとめもなく思い出の断片を寄せ集めているうちに、私の脳に不思議な変化が起きた。


五十年近い時を超えて、驚くほど鮮明に、祖母の部屋の様子が見えてきたのだ。


机に載っている、行燈型の小さい電気スタンドや、

文箱代わりにしていた中村屋のあられの四角い空き缶や、

黒い細いつるがついた丸レンズの眼鏡が。

渋い朱塗りのえもんかけにかけられた浴衣は、藍の笹の葉模様だった。

丸くなった背中にもたれかかって、肩に顎をのせると、くすぐったそうに笑った祖母。

和鋏に紫の緒で下げられた小さい鈴が揺れて、ちりちり鳴るのも聞こえた……。




祖母の温顔さえ、今ではおぼろになってしまったのに、なぜこんなにありありと、

とっくに忘れてしまったはずの情景が浮かんできたのだろう。



記憶には、『脳にある海馬に蓄積された情報』という定義だけでは表せないものがある。

そこには、記憶の持ち主とはまた別の誰か、あるいは何かの、強い力が働いていて、

『思い出の国』とでも呼べそうな、領域を形作っているのではないかしら。



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 ――そんなふうに考えたら、私も、懐かしい姉様を作りたくなったのでした。

お人形の顔のつくり方・着物の着せ方は、なんとなく思い出せたものの、髷の結い方はお手上げでした。

ダメもと気分でネットで検索したところ、幸運にも こちらのブログ に出会えました。

嬉しいことに、祖母が作ってくれたものとまったく同じです。

とてもきれいにお作りになっているので、作ってみたいと思われる方は、参考になさってくださいね^^
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by mofu903 | 2013-08-26 12:59 | 回想