桜嫌い

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東京で桜が満開になったのは、おとといだったかしら、先おとといだったかしら。

上野のお花見映像はTVで見たが、リアルの桜を、私はまだ見ていない。

最後に外出した水曜日には、開花の気配すら感じられなかった。

それからずっとひきこもっていて、世間の春からすっかり取り残されてしまった感がある。


「見に行ってる暇がないのよ、野暮用続きで…」というのは言いわけで、

べつに軟禁されているわけじゃなし、ちょっとサンダルをつっかけて出かければ、

坂を下りたところに、年ごとの開花を楽しみにしている大木がある。

それなのに、気が乗らない。



今年の開花は突然すぎて、今か今か、とそわそわしながら待つ、

あの助走部に匹敵する期待感がなかったからだろうか。

「桜が満開」と聞いても、妙に白けている自分が不思議である。



そんなことを考えているうちに、昔、同じサークルにいた人のことを思い出した。



その女性・Kさんは、私より十ばかり年上だったが、

「白ける」どころか、重度の桜嫌いだった。

桜の季節になると、頭痛がひどくなるので、ずっと家にこもっている。

どうしても用事があるときは、大きなサングラスとマスクで武装して出かけ、

ひたすら目線を上げずに歩く。

どこで満開の桜に「出くわす」か、わからないからだそうだ。


着物や食器などの模様は大丈夫だが、桜餅や桜湯のように、口に入れるのはだめ。

香り袋もお香もだめ。

こう書くと、Kさんの桜アレルギーは体質的なもので、花粉症の類と思われそうだが、

そうではないのだ。



「これは、父譲りなの」と、Kさんは言った。



彼女と、若い男性、そして私。この三人のサークル仲間でお茶をしていた時のことだ。

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「父の桜嫌いは、有名だった。
でも、昔はね、うちも、普通に家族そろってお花見に行ったのよ。
私は年の離れた末っ子だから、記憶にないけど、姉たちは良く覚えてるって。

父は、堅い仕事をしてたから、気分転換の意味もあったんでしょうね、山歩きが趣味で、
特に桜のころは、よく一人で出かけて行ったんだって。
このあたりで言ったら、M山か、T山よね。

それが、突然、桜を見るのも嫌だって言い出して、山歩きもやめちゃったの。
普段は、そんな極端なことをしたり、言ったりしたことがない人だったから、母は心底びっくりしたって。


そのおかしな癖が、何年も経って、私に来たのね。
私も若いころは、全然平気だったのよ。
でも、父と同じで、四十近くなってから、本当にいきなり嫌いになったの。
なんで?って聞かれても、答えようがないわ、ただ生理的に受け付けないのよ。

変でしょう?
父娘っていったって、そんなこと、似なくてもいいのにねえ」






これは、十数年前に、本人から直接聞いた話だ。


人生の半ばを過ぎてからの桜嫌いは、私の身にも、起こりかけているのかしら。

そう思うと気後れして、近場の花見に出かける気にもなれないままだ。

春ごとに魅入られてきた桜を、もし美しいと思えなかったら、

いよいよこの憂鬱な気分のやり場がなくなりそうだから。




それにしても、不思議なこともあるものだ、と思う。

Kさんのお父さんが、六十年前に突然、桜嫌いになった理由を、今日のような花冷えの日には、

つい、あれこれ考えてしまう。




そうすると、首筋のあたりが、いっそう、うすら寒くなる。

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by mofu903 | 2013-03-25 10:12 | 不思議