子供は天使、親は神様?

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デパートで買い物をしていて、ある光景に出くわした。
2、3歳くらいの女の子が、ショップの中をちょこちょこと行ったり来たりしている。
思わず微笑を誘われたが、すぐに、口もとが固まってしまった。


その子が、ショウウィンドーに並べられたアクセサリーを、次から次へと、
離れたところにある客用テーブルに運んで行くのだ。
さらに、それをちっちゃな手でいじりまわしている。



思わず、「そういうことをしちゃ、ダメよ」と諭したくなったが、
親御さんを差し置いて叱るわけにもいかない。
お父さんが一緒にいて、わが子の行動を容認しているのだから。
いや、容認とも違う。
「わー、きれいだねェ。きらきらしてるねェ。
だけど~、きれいなのはわかるけど~、もとの場所に置いておこうねェ」


なんて言っている。


なるほど、これが噂の、<叱らない育児>なのね。
叱らない育児では、まず、子供に共感することが大切らしい。
その<共感>がこののち、躾へといかなる展開を見せるのか。

興味津々で見ていたが、何のことはない。
子供の目線に合わせてしゃがみこみ、温和な笑みで、
「本当に、きれいだねェ。パパもそう思うよぉ。でも、元の場所に置いておこうね?ね?」
と繰り返すばかり。

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 その背後で、若い女性店員さんがふたり、
一見、『ほほえましく見ています』的な微笑を浮かべて立っている。

が、読心術とは縁のない私にも、
ひきつり気味の笑みとうんざりしたような首の傾げ方を見れば、
彼女たちが相当<キテル>のは、察しが付く。


お父さん、わかってない。
社会のルールを教えて他人に迷惑をかけないよう、親はときにわが子を叱責するが、
目的はそれだけではない。
わが子が人さまに疎まれないようにするためでもある。
幼いわが子が負の感情を背負わないよう、気配りするのが親心ではないか。


 しかし、このお父さんのように、万人がわが子に愛情を感じている、と考えている親がいる。

確かに、おしゃまなワンピースを着て、ふわふわの髪をアップにした幼女の姿は、愛らしい。

でも、この子を「無条件で可愛い」と思うのは、両親と、じーじ&ばーばくらいなものだろう。


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 テーブルの上には、すでに何点ものアクセサリーがごちゃ混ぜ。
これをまたもとどおり、絡まったチェーンや値札を直して、
ウィンドーに整然と並べる店員さんの手間を考えると、惻隠の情を禁じ得ない。

もちろん、子供に罪はない。

いただけないのは、「共感」と「迎合」の違いが判らないお父さん、
そして、店の奥で、別の店員さんと談笑しながらショッピングを楽しんでいるお母さんだ。

彼女はときどき振り返って、夫と娘のやりとりを満足げに眺めている。




 子供を叱らず、共感しつつ諭すというなら、手を抜いてはいけない。

たとえば、

「ミウちゃんは、お片付けが嫌いだよね?でも、ミウちゃんがこれで遊ぶと、
あそこにいるお姉さんたちが、お片づけしなくちゃならなくなるんだよ。
お姉さんたちはお給料をもらって働いているから、
このお店にあるものをいつもきちんとしていなくちゃならない。
とっても忙しいお仕事なんだよ。

 今、お姉さんたちはこう思ってるかもしれない、
『私たちが散らかしたんじゃないのに、どうして私たちが片づけなくちゃならないの?』って。

ミウちゃんだったら、どう思う? 腹が立たないかな?

それから、一番大事なのは、これは、ミウちゃんのものではなくて、
お店のものだっていうことなんだ。
お客さんがお金を出して買って、初めてその人のものになる。
だから、よその人のものを触るのはやめようね。

ミウちゃんだって、自分の大事なおもちゃを勝手にいじられたらイヤだろう?」



 これでミウちゃんが、納得してくれるかどうかわからないが、
お店のお姉さんたちはある程度、納得してくれるんじゃないかしら。



 まあ、こんなふうにごちゃごちゃいう前に、どうして

「お店のものを勝手に触っちゃだめッ!」

の一言で済ませられないのか、不思議でならないが。


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